第31話 ご注文は?

 そして文化祭が始まった。音ノ葉が言っていた通り、本当にメイドは俺一人だけで……でもどこからか情報を仕入れたのか、メイド喫茶は大賑わいで。物凄い数のお客さんがここにやって来ていた。


 もちろんその客の中には明才学校の生徒の他、他校の女子生徒、近所のおばちゃんなども来ていて……俺は接客に追われていた。


「隆太様! これ3番さんのとこ持っていけますか?」


「ああ!」


「隆太君、それ終わったらこっちに来てくれない? 萌え萌えおまじないのオーダーが入ってる!」


「ああ!!!」


 もう恥なんて見せる暇もないほど、忙しくて……俺はメイド喫茶に彩られた教室内を奔走していた。3番デーブルにコーヒーを運んだ俺は、続けておまじないのオーダーが入っているテーブルまでやって来た。


「はい、お待たせしました。萌え萌えおまじないですね……って。あんたら……」


 そこに座ってる二人組は、なーんか見覚えがあって……。


「ふふ、頑張ってるじゃないか」「お、おつかれ様」


「なんで来たんですか……?」


 その二人は滝宮さんと松丸さんだった。面白そうに俺の姿を見てる滝宮さんの代わりに、松丸さんが答えてくれて。


「えっと、せっかくの文化祭なのにずっと待機してるのは暇だって、滝宮さんが言ってて……わ、私は止めたんだけどね?」


「そうですか……なんでもいいですけど、大人しくしててくださいね?」


 まぁ客として来てる以上、追い出すなんてことは出来ないし。静かにしててもらおう……と、また持ち場に戻ろうとしたところ、滝宮さんに呼び止められて。


「待ちたまえ、江野。おまじないはやってくれないのかい?」


「…………ええ?」


 何を言い出すのかと思えば……滝宮さんってそんなキャラだったっけ。でもクール気取ってる滝宮さんも女子だし、人並みに男の子は好きなんだろうな……でも俺じゃなくていいじゃん。……まぁここには俺しかいないけどさ。


「このオプション有料なんだぞ。してくれないのなら、消費者庁に連絡せざるを得ない」


「出来るもんならしてみてくださいよ……はぁ」


 でもまぁ本当に金払ってるのなら拒否は出来ないな……仕方ない。俺は心を無にして……手でハートマークを作り、おまじないの言葉を口にするのだった。


「はい、おいしくな~れ。もえもえきゅーん」


 ……途端に訪れる静寂。どうやらこの瞬間を他のお客さんも見ていたようで……次第にざわつきが大きくなって。


「なっ……あんなサービスあるの!?」

「うおおおおおおお!!!! 私にもしてええええええ!!」

「ねぇ、私もあんなやる気無さそうにあしらわれてぇよ!!」

「私もあれ、追加注文する!!!!」


「……アホくさ」


 ──


 そして忙しさのピークも過ぎ去った、お昼過ぎ……やっと少し落ち着けるな。がっつり休憩したいが、メイドが俺一人である以上、休むことは許されないだろう。


「メイドくーん、こっち頼むわ」


「あ、はい」


 呼ばれたのでテーブルに向かう。そこには50代過ぎの女だろうか……薄気味悪い微笑を浮かべながら、舐めるようなアングルで俺を見回しながら。


「へぇ……かわいいね。何かアイドルとかやってるの?」


「い、いえ……全然」


 俺は軽いプレッシャーを覚える……これ前世で若い女の子が、中年のおっさんにセクハラされてる時、こんな気持ちになってたんだろうなぁ……今になってその気持ちを体感するとは……でも客な以上、無視も出来ないしなぁ……。


「え、えっと……ご注文は?」


「ふふ、そんなことより……よかったらウチのとこ来ない? 私、アイドル事務所やってるのよ」


 嘘つけ!! ホントだったとしても行くわけねぇだろ!! ……って言い返せればいいんだけどな。そして女は更に俺に手を伸ばしてきて……。


「手取り足取り、しっかりレッスンしてあげるから……」


「ひ、ひっ……!?」


 コイツ……俺の尻を触って……!? う、嘘だろ……男の俺が、恐怖で声が出せないなんて……!!


「……!!!?」


 ……突如、バァンと甲高い音が鳴り響くのが聞こえてきた。音ノ葉がトレイで、その女を頭を殴ったのだと認識するまでに、俺は相当な時間を要して……。


「なっ……何するのッ、アンタ!!!」


「はぁ……? 何するんだはこっちのセリフですわよ……ここ、スカウトやお触りは禁止なんですけど。ルールも読めないんスか?」


 そして音ノ葉はビシッと、入口の張り紙を指差して……ああ。ちゃんとこういうのも用意してたんだな。……でも禁止事項の内容、なんか生々しいんだけど。なんだよ指入れ禁止って。どこに何を入れるつもりだよ。


「そ、それは……」


 そして女はたじろぐ……それに追い打ち掛けるように音ノ葉は、ガン飛ばして。


「ルールも守れない客は客じゃありません……金置いて、とっとと去れ」


「し……失礼しましたー!!!」


 そして女は金を置いて去っていくのだった……音ノ葉はため息を吐きながら、やれやれと両手を上げて。


「はぁ……やっと人が少なくなったと思ったらこれですわ。油断も隙もありませんわね」


「あ、ありがとう……音ノ葉」


 俺は音ノ葉にお礼を言う……なんかまだドキドキしてるんだけど。どうしたんだ、俺……? そこまで怖かったのか……? それで音ノ葉は俺が震えていることに気づいたのか、安心させるように軽く背中を撫でてくれて。


「いいんですよ。これも隆太様が可愛すぎるから起こったことですし……あ、そうだ。これ終わったら、部室でもこの服着てくださいよ?」


「それはヤダよ」

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