第30話 なんかスースーする!!

 ──


 それから数週間掛けて、俺らは文化祭の準備に取り掛かった。滝宮さんが言ってたこともあり、俺らは積極的に準備に参加して……クラスの出し物を優先することになってしまったので、文芸部の出し物は詩の展示という形に収まった。


 まぁ二つもやるのは大変だし、仕方ないだろう……というわけで俺は主にメイド喫茶のメニューを考えたり、作り方を教わったりしていた。


 一方で音ノ葉は飾り付けだったり、服を用意したりしていて……。


「隆太様! 配られた予算を使って、メイド服を購入しましたよ!」


 とある日の文芸部部室。珍しく二人しかいない空間で、俺らは文化祭について話していた。どうやら音ノ葉は、クラスの出し物リーダーみたいな立ち位置になったらしいので、自由に予算を使えるらしいのだが……。


「ええ……買うの早くない?」


 もっと服とかよりも先に準備するものあるだろ。食品とかさ……そんな俺など気にせず、音ノ葉はテンション上げたまま。


「しかもコスプレ用のしょぼいやつじゃありません……英国式のちゃんとした、マジのやつですわ!」


「マジのやつって……そんな高いの買って、怒られないの?」


「問題ありませんわ。その分利益を上げればいいだけなので」


「ええ……」


 俺は思わず引きつったような声を上げる……どうしてそんな自信あんだよ。そして音ノ葉はそのメイド服を見せながら。


「じゃーん! ここのフリルとかとっても可愛いですよね! まぁ、予算のほとんどをこれに掛けたので、一着しか買えませんでしたが……隆太様しか着ないから、別に問題ありませんよね!」 


「大ありだよ。俺は着ないって散々言ってるだろ?」


「え? でも買っちゃいましたし……このクラスには隆太様しか男子はいないので、拒否権はないんですよ?」


「…………」


 俺は言葉に詰まる……まぁ俺も口ではそう言っても、着るしかないのは分かっていた。ここで俺が拒否すれば、このクラスの出し物は機能しなくなるだろうし……でも。でもさ……頭では分かっても身体が動かないことってあるだろ!?


「……嫌だ」


「そう言っても困りますよー。隆太様の代わりなんて誰もいないんですから」


「…………どうしてもなのか?」


「どうしてもです」


「……じゃあ音ノ葉。当日は俺に催眠をかけて、一切の記憶を無くしてくれ」


 俺がそう言うと、音ノ葉は首を横に振りながら。


「ダメです。そんなことしたら催眠持ち釣り出せないですし……何より、そんな恥じらいのないメイドなんて、全く価値ありません」


「……」


 なにを求めてんだよお前は。別に恥じらいとかいらないだろ。そして音ノ葉はそのメイド服を俺に押し付けるようにしながら。


「というわけで着てください。サイズもピッタリですから」


「なんでだよ。なんで知ってんだよ」


「身体測定の結果を見ましたので」


「……」


 ああ、もうめちゃくちゃだ……俺に逃げ道は用意されてないのか……?


「…………じゃあ当日。当日になったら着るから」


「本当ですか!? なら絶対着てくださいよ! ……当日病欠とかしたら私、家まで行きますからね」


「……」


 ──


 ……ってなわけで、迎えた文化祭当日。更衣室らしい更衣室が無かったので、俺は文芸部部室で着替えていた。今まで着たことのない、未知のエプロンドレスに袖を通して、ソックスを履いて……ってああ、もうなんかスースーする!!


 こんなセリフ、生きてて言うと思わなかった!!


「隆太様ー? 着替えましたー?」


 着替えてるため、音ノ葉達には後ろを向いてもらっていたが……なんかもう恥ずかしすぎて、まともな精神状態ではなかった。やっぱもうこのまま逃げちゃおうかな……うん、早く家に帰ろう……。


「答えないってことは着替えたってことですよね! 見ますよー!!」


「ま、まだだから……!!」


「あー聞こえない聞こえない……あ、わあっ……!」


 そして俺を見た音ノ葉は息を飲んで……そのまま自分の胸を押さえたまま、倒れ込んだ。


「か、可愛い……可愛すぎます!!! こんな天使がいていいんですか!!!!」


「うっさい……アホ」


「ああ……チェキ撮影もやりましょう。急いでカメラ買わせに行かせましょうか……」


「いらんて」


 そんな風にワチャワチャしてると、滝宮さんと松丸さんも部室にやって来て。


「おお江野、似合ってるじゃないか」


「ありがとうございます……全然嬉しくないんですけど」


「と、とっても似合ってるよ! こんなに可愛かったら、きっと催眠かけちゃうかもしれないね……」


「そうかなぁ……」


 言いつつスカートの裾を引っ張ってみる。こういうのは可愛い女の子が着るから、その……股間にクルのであって、俺なんかが着たところで意味ないと思ってるんだけど……でもみんなはそう言ってるしなぁ。


「一応、文化祭中は私と松丸は、部室で待機しておく。もし催眠が発動されたらすぐに向かうようにはするが、音ノ葉の警戒が大事になってくる……分かるな?」


「分かってますわよ。私を誰だと思ってるんですか?」


 音ノ葉はつらっと言う。もちろん音ノ葉も文化祭の出し物……メイド喫茶の作業を手伝うので、催眠持ちから俺を守るのはそれなりに大変だとは思うんだけど……まぁ俺にメイド服着せた以上、仕事はきちっとこなしてもらおう。


「じゃあそろそろ時間だね……頑張ってね、二人とも!」


「うん! 松丸ちゃんも遊びに来ていいからね!」


「絶対来ないでね」

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