第25話 ……下ネタですか?

 まさかこの子が黒幕……なわけないよな。それじゃあたまたま通りがかった、心の優しい女の子ってことか? 優しさはありがたいけど、これ以上無関係の人を巻き込むわけにはいかないしな……。


 どうにか二人に追い払ってもらおうと、俺は滝宮さんに視線を向けると……彼女は無表情のまま、ビデオカメラをその少女に向けて。


「もしかして……君が催眠アプリをばら撒いた張本人かい?」


「え、えっ……!?」


 少女はひどく動揺しているようだった。何を言ってるんだと思ったが……まさか本当にこの子が黒幕なのか……? いや、とてもそうは見えないが……。


「……隆太様。もうここまで来ちゃったし……やりますか?」


「だからやんねぇよ馬鹿! ひとまず……野次馬に来てる奴らを無効化しよう。そこの茂みに隠れてるみたいだし……その後、詳しい話をこの子から聞いてみよう」


「…………分かりましたわ」


 そして俺の合図で一斉に、野次馬に来ていた連中に催眠をかけ、催眠アプリを消去し、彼女らを無力化した。その間、その少女も俺らに協力してくれたのだが……催眠をかける出際が悪かったのが、妙に気になっていた。


 ──


 それから俺らは彼女を引き連れて、文芸部部室までやって来た。本当に催眠アプリを配ったのがこの子だと言うのなら、聞きたいことは山ほどあるのだが……。


「座っていいよ」


「あ、はい……!」


 少女は緊張したように椅子に座る……見ればみるほど、この子が黒幕だとは到底思えないんだよな。それは音ノ葉も同じなようで。


「本当にこの子が黒幕なんですか? どーせ滝なんとかさんの勘違いでしょ」


「いいや。見たところ君は二年生なのに、江野の名前を知っていた……私らの噂を聞いて止めに来たんだろう。でも君がただの正義感で来たとは思えない……なにか理由があるんだろう?」


「……」


 滝宮さんは手慣れた探偵のように理詰めしていく……二年生なのは制服に付いているバッチで判断したんだろうけど、これだとビビって何も話してくれないよ。ひとまず俺は安心させるように、彼女に話しかけてみた。


「とりあえず君のことを教えてくれないか?」


 すると彼女は噛み噛みながらも、返答してくれて。


「わ、私の名前は松丸美緒まつまるみお……えっと二年で、その……こんな世界になっちゃったのは全部私のせいなの! ごめんなさい!!」


 そう言って、松丸と名乗った少女は大きく頭を下げた。同時に俺と音ノ葉は顔を見合わせる…………。


「えっ、えー? ど、どういうことですか? まさか本当にこの子が、催眠アプリを作って私達に配ったんですか? とてもそうは見えないんですけど……」


「……なにか事情があったようだね。ゆっくりでいいから、私らに話してみたまえ」


「は、はい……」


 そして松丸さんは一呼吸置いて、俺らに話をしてくれたのだった。


 ──


「あ、ある日ね。私、謎の真っ黒の生き物が道路に倒れているのを見かけて……なんだろうって思って近づいてみると、その子が怪我をしていて……」


「す、ストップストップ! 謎の生き物ってなんですか?」


 初っ端から音ノ葉は口を挟む……まぁ俺も気になったけど。すると松丸さんはその謎の生物とやらの詳細を語ってくれて。


「えっと……本当に謎の黒い生物としか言えなくて。目も耳も無いけど、ギザギザの口はあって。友達いないから私、よくその子と一緒にお弁当を食べてたの」


「…………」「…………」「…………」


 ……なんかよく分からない自作小説を読まされてる気分になってきた。それで俺らが信用していないことを感じたのだろう。焦ったように松丸さんはスマホを取り出して。


「あっ、えっと、その、一応写真もありますけど……見ます?」


「ああ」


 見せてくれるのなら見よう……と俺がそのスマホを覗く前に、音ノ葉がシュバババっと間に割り込んできて。


「私から見ます! 隆太様は後で!」


「あ、ああ」


 念の為に催眠ケアをしてくれたのだろう……そこまで考えが至ってなかったから、少し見直した。そして音ノ葉はその写真を見てるのだろうか……見たことのないような表情のまま、怪訝そうな声を上げて。


「え、ええ……? 本当になんですかこれ」


「私にも見させてくれ」


 そして滝宮さんも席を立ち、スマホを覗き込む……すると音ノ葉と同じ様な表情に変わって。


「…………真っ黒な物体にしか見えないな?」


「じゃあ俺も」


 と、ここで俺もスマホを見た。そこには四つ足で四角い黒い物体が、お弁当を食べている様子が撮影されていて…………。


「……なんか例えようがないな。黒い豆大福?」


 そう、無理やり例えるなら、黒い大福に足が生えた様な生物で……とここで松丸さんが、初めて俺らの前で笑ってくれて。


「ふふっ……私もそう思って、その子にお豆ちゃんって名前を付けてたの」


「……下ネタですか?」


 俺はノータイムで音ノ葉を殴った。それも結構強めに……。


「い、痛いですわ……!! 脳が揺れる感覚がしましたわ……!!」


「ごめんな、松丸さん。コイツ馬鹿なんだ」


「あ、あはは……」


 完全な引き笑いに変わっていた。せっかく心開けそうだったのに、何をしてくれてんだお前は……そして。松丸さんは写真を見ながら、物憂げに。


「……でも。この子が……お豆が。催眠アプリを生み出した張本人なの」


「えっ、ええ……!?」

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