第17話 これで真相に大きく近づいた

「なっ……!?」


 コイツ、男子トイレ内に!? ってかどう見てもコイツ、学生じゃない……!? 俺らの予想は外れてたって言うのか……!? それで女は催眠を発動する素振りを見せてくる。このままじゃマズイと思った俺は、流石に逃走しようとしたのだが……。


「動くなって言ったでしょ」


「……ッ!!」


 女は俺にカッターナイフを近づけてきた。一刻もここから早く逃げなきゃいけないのに……生命の危機を覚えた俺は、途端に足がすくんでしまった。


 ど、どうしよう……! 武器持ちに勝てるのか? 不意を付けばいけるかもしれないが、ミスった時点で俺の人生はジ・エンドだ。戦うのは得策じゃないのかもしれない。でもこのままじゃ、俺は催眠にかかってしまう。どうする……!?


「…………」


 ここは時間を稼ぐしかない。誰か……音ノ葉が気づいてくれることを信じて……!


「あ……アンタはいつもこんなことやってんのか?」


「答える必要は無い」


 ……そりゃそうだよな! こんなイカれたヤツと会話なんて出来ねぇよなぁ!! それで女は俺が時間稼ぎをしていることを察したのか、そのまま催眠を発動した。せめてもの抵抗で、俺は目を瞑るが……。


「……」


 首筋に冷たい感触がして……女の無言の圧力により、それは長くは持たなかった。ってかコイツ、マジで躊躇がねぇ……首もちょっと切れたし、いってぇ……! 


 …………ん? 痛み……? 確かバイブの時は、快感によって一瞬意識を取り戻せたが。痛みでも同じ様なことが出来るかもしれない……。


 やってみる価値は……十分にある。


「…………」


 目を開いたのと同時に、俺は唇を噛み締める。催眠により、俺の視線は女のスマホへと自然に動くが……なんとか意識は保てていた。やはり痛みも有効……! 


 ……だけど徐々に視界がぐるぐるしてきて、痛みも麻痺ってあまり感じなくなってきた。やはり永続効果は無いのか……!!


「私の言う事を全て聞く、従順な奴隷になれ」


 なんか命令しているみたいだが、なんとかまだ俺の自我は保っていた。でも催眠に落ちるのは時間の問題だろう……早く。早く助けてくれ、音ノ葉…………!!







「…………ッ、隆太様になにしてくれてんじゃワレェ!!!!!」


 突如、ドロップキックと共に現れたのは。怒りをあらわにした音ノ葉の姿だった。当然横から蹴られた女は反応することも出来ず……勢いよく倒れ込んだ。催眠も解除された俺は、急いで女の腕を押さえつけて。


「音ノ葉、催眠を!」


「はい!」


 音ノ葉は催眠を発動させ、女を催眠状態にすることに成功したのだった。


「……はぁー。今回ばかりは本当に危なかったぁ……無事で本当に良かったです。早くアプリを消させましょう」


 そのまま音ノ葉はアプリを消させようとするが……その前に俺が止めて。


「……待ってくれ。俺らの中で催眠持ちは、明才に通う学生だけって話だった。だけどコイツはどう見ても学生じゃない……俺らの予想は間違いだったのか?」


「確かにそうですわね……聞いてみましょうか」


 そして音ノ葉は、その女に話を聞いていった。


「どうしてあなたは催眠アプリを持っているんですか? 答えてください」


 すると催眠状態にかかった女は、素直に言葉を発して。


「いつの間にかスマホの中に入ってました」


 いつの間にかか……今までのヤツと同じだ。催眠状態なら本当のことしか喋らないから、このことは信じてもいいはずだが……。


「余計に分かりませんね……やっぱり私達の予想は違っていたのでしょうか?」


 音ノ葉は悲しそうに言う。やっと催眠持ちを絞れたかもしれないってのに、ここに来て振り出しに戻るのは辛いな……いやでも、逆に考えろ。コイツと音ノ葉達にも共通点があるとしたら……? …………そうだ。考えられる可能性は……!


「音ノ葉、コイツの職業を聞いてみてくれ」


「えっ? あ、はい……あなたの職業はなんですか?」


 すると女は口を開いて。


「明才高校で音楽教師をやっています」


「明才高校……!?」


「ビンゴ。コイツは俺らの学校の教師だ。つまり催眠は……明才の学生じゃなくて、明才高校にいる全ての人が持っている可能性があるってことだ」


 そう、催眠持ちの共通点は『明才高校の生徒』じゃなくて『明才高校にいる人』だったんだ。


「そういうことだったんですか……私達は音楽を選択していなかったから、すぐに女の正体に気づけなかったんですね……!」


「ああ。でもこれで真相に大きく近づいた。催眠撲滅も夢じゃない」


 催眠持ちの対象は広がったかもしれないが……学校自体に催眠の秘密があることを知れたのは、とても大きな情報だ。もしかしたら一気に催眠を消すことだって可能かもしれない。


「ですね! それで……この女の処分はどういたしましょうか」


 そして音ノ葉は明るい声から、一気に冷酷な声へと変わる。静かだけど、確かな怒りを感じていた。


「ああ。催眠は確実に消しておこう」


「もちろんです。それと……今回は流石にお縄についてもらいましょう。いくら隆太様が許そうと……私が許しませんから」


 冷たく音ノ葉は言う。こうなると俺がどう言っても、言うことは聞かなそうだ。


「……分かった。でも出来るのか?」


「はい。催眠で自首させます」 


 改心させるってことか。人の心をこうも簡単に操れる催眠って、やっぱり恐ろしい物だな……と俺は改めて実感する。そして音ノ葉は口を開いて。


「催眠アプリを消去し、警察へ罪を告白しにいってください。そして二度と人を傷つけるようなことはしないと誓い、一生反省してください」


「はい」


 音ノ葉がそう命令した後、俺らはトイレを出て……その女が警察へと引き取られるところまで確認した俺らは、元の場所へと戻るのだった。

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