第13話 江野の◯◯◯と引き換えに……

 ──


「……前が見えねぇです」


「殴ってないから」


 文芸部部室。無事……かどうかは分からないが、なんとか作戦を完遂した俺らは部室まで戻っていた。ってか作戦のことよりも、あのローターのスイッチが壊れたことの方が記憶に新しいんですけど……ホントひどい目に遭ったなぁ……。


「でもまぁ……なんとかなってよかったですわね!」


「なってねぇよ。俺の肛門壊れちゃったから」


「……隆太様。さっきの録音するので、もう一度言ってもらうこと出来ますか?」


「出来ねぇよ、しばくぞ」


 そんな俺らのやり取りを見ていた滝宮さんは、興味深そうに手を顎に当てて。


「ふむ……どうやら江野の◯ナルと引き換えに、一人の催眠持ちを消すことに成功したようだね」


「◯ナルやめて」


「ではエナルと呼ぼうか」


「検閲を突破してこようとすんな」


 何が悲しくて自分のケツ穴に名前を付けなきゃならんのだ……ってか滝宮さんも徐々に本性現してきたよなぁ……女の人ってみんなこうなんですか?


「まぁ、それでだ……催眠アプリ持ちの共通点は分かったかい?」


「……」「……」


 滝宮さんの言葉に、俺と音ノ葉は口を噤む……そうだ、俺らは共通点を探すためにおとり捜査をしていたんだった。催眠を消すのに必死で、そのことをすっかり忘れていたよ。それで収穫が無いことに焦ったのか、音ノ葉は口を動かして。


「え、えーっと、整理しますか。催眠を持っているのは私でしょ、滝なんとかさんでしょ、そして芹沢に篠田……ここから導き出される答えは……さぁ、隆太様!」


「俺かよ。えっと…………みんな女」


「それだけじゃ絞れませんわ!」


 すかさず音ノ葉のツッコミが入る。そりゃ男女比がエグいくらいに偏ってるから、女だけじゃ絞れないか……それなら。


「なら……全員この学校の生徒だ」


「んー、それでも絞れませんわ!」


「いや、この視点は大事かもしれない。催眠アプリ持ちがこの学校内だけか、学校外にもいるかで、対策は大きく変わってくるからな」


「なるほど……」


 滝宮さんの言葉に俺は頷く……今のところ学校外で催眠をかけてる人は見たことないし、話題にもなっていないけど……そもそも催眠があれば、かけられた側の記憶の改ざんなんて容易いだろうしなぁ。ここは情報収集するべきだろうか?


「じゃあ分かった……次の休み、街に散策しに行くよ。そこで催眠が蔓延ってないかパトロールして、もし見つけたら捕まえて情報を吐かせる。どうだ、良い考えだろ?」


「良いとは思いますが……でも、隆太様だけなのは危険ですよ」


「そうか? 俺が催眠持ってたら、一人でも大丈夫だけど」


 そう言うと、音ノ葉は大きなため息を吐いて……。


「さっき起きたこと忘れたんですか? 私が来てなかったら隆太様、今頃ズボズボされていますよ?」


「ズボズボやめて」


 ……でも音ノ葉の言う通り、彼女が来てくれなかったら俺の人生は終わりを迎えていただろうな。やはり一人だけで行動するのはリスクが高いか……?


「……ってかそうだごめん、俺、滝宮さんのスマホ割っちゃったんだよ。でも修理代は回収したから……」


 ここで滝宮さんのスマホを借りていたことを思い出した俺は、その割れたスマホを取り出して、彼女に返そうとした。そして篠田からくすねた一万円を取り出そうとしているところで、彼女は口を開いて。


「ああ、別に大丈夫さ。これ、機種変前のスマホだから」


「……え? でもここに催眠アプリ入ってる……」


「ああそれ、私が偽のヤツ作ったんだよ。どうだい? クオリティ高いだろう?」


「えっ……ええ!?」


 思わず俺はスマホの画面を二度見する……えっ、これ実際の催眠アプリと見た目そっくりなんだけど!? 俺はそれをタップしてみるが、確かにマジの催眠アプリっぽい波状の映像が流れ出して……。


「えっ、これも偽物?」


「ああ。中身もそっくり真似してみたんだ。もちろん、それに催眠効果なんか全く無いけどね」


「……」


 ま、マジか……完全に使うつもりだったのに。そしてそれを聞いた音ノ葉は、また露骨に滝宮さんを警戒するような素振りを見せ始めて……。


「隆太様……やっぱこいつ信用出来ませんわ! 偽物与えるなんて、戦場に赴く兵士にエアガン渡すようなものですわ!! 隆太様が死ぬところだったんですわよ!!」


「まぁ……でもこのクオリティ、本当に凄いな。催眠アプリを使ったことがある人なら、多分気付かないんじゃないか?」


 この偽のアプリも使いようによっては、強力な武器になるかもしれない。スマホをすり替えて、偽のアプリを使わせるとか……でも全く同じ見た目と中身のスマホなんて無いし、使わせるのは難しいか?


「ふふ。まぁプラシーボ効果があるか試してほしかったが、これ以上はやめておこうか。江野が更に危険な目に遭いそうだしね」


「ああ……でもそれなにかに使えそうだから、俺のスマホにも使えるようにしてくれないか?」


「分かった。検討しておこう」


 そう言って滝宮さんはその割れたスマホを手に取り、一万円には手を出さなかった。じゃあこの一万円はどうしようか……部費にでもする?


 そして音ノ葉は話を戻して。


「そんなことより隆太様、日曜日に街に行くんですよね? 私もお供しますよ!」


「ああ、じゃあ……お願いしようかな。滝宮さんは……」


 言って滝宮さんに視線を向けると、彼女は首を横に振って。


「……やめておくよ。私も来たら、音ノ葉が嫌がるだろうからね」


「ふーん? 滝登りさんにしては気が利くじゃないですか。では、日曜は二人っきりでデートに行きましょうね、隆太様!」


「……デートじゃないからな?」

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