第5話 今度一緒にボール遊びやりましょうね!
「でもこれで、なんでも言うこと聞くんだよな?」
「はい」
芹沢さんはロボットのように、短く返事をする……これ音ノ葉に言ったつもりだったんだけど。でも、これならもう縄をほどいても大丈夫そうだな。俺は芹沢さんを縛っている縄へと手を伸ばした……。
「ちょっと、隆太様!? 何してるんですか!?」
「いや、縛ったままだと催眠アプリを消せないだろ? スマホのロックだって解除出来ないし……そもそも俺らが勝手に消せるかも分からないし」
「……なるほど。でもまだ油断しちゃダメですよ?」
そう言って音ノ葉はバットを構える。ちょっと警戒し過ぎな気もするが……これぐらいじゃないと、俺のボディーガードは務まらないのかもしれないな。何せ俺らは一度のミスで、一生が狂う可能性があるのだから……。
でもまぁ……ちゃんと催眠にかかったことを確認したし、今回は大丈夫だろう。俺は縄をほどいて、芹沢さんに命令をした。
「よし、じゃあとりあえず……ロックを解除して、俺にスマホを渡してくれ」
「はい」
俺の指示通り、芹沢さんはスマホを俺に渡す。受け取って画面をスワイプしてみると……確かにそこには、ハートマークのアイコンの怪しいアプリが入っていた。
「これだな……消してみよう」
そして俺は従来の方法で、アプリを消去してみようとしたが……『アプリを削除』を押しても、全く反応することはなかった。
「あれ……消せない?」
「隆太様、ちょっと私に貸してみてください」
「ああ」
言われて音ノ葉にスマホを渡してみるが……どうやら俺と同じように、アプリを消すことは出来ないみたいだった。
「消せませんね……どういうことでしょう?」
「やっぱり……所有者本人じゃないと消えないのかもしれないな」
そして俺は改めて、芹沢さんに命令をした。
「催眠アプリを自分の手で消去してくれ」
「はい」
そしたら彼女はスマホを受け取り……細かい動作をするまでもなく、そのアプリをタップするだけで、綺麗さっぱりと消えたのだった。それを見た俺と音ノ葉は、顔を見合わせる……。
「え、えっ!? どうやって消したんですか?」
「タップするだけ消えていたぞ……もしかして所有者本人が、催眠アプリを消そうと思わなきゃ消えないのか?」
「なるほど……それはちょっと厄介ですね」
自らこのアプリを消そうと思う人なんて中々いないだろうから……催眠アプリを消させるには、催眠をかけるしかないってことになる。だから音ノ葉の言う通り、面倒なことには違いないだろう。
まぁでも……とりあえず、芹沢さんの催眠アプリを消すことには成功したんだ。これは大きな一歩だと言ってもいいだろう。
「それよりも……催眠アプリも消させたんだし、今からは逆襲の時間ですよ! さぁ、他にも命令しちゃってください! ボコボコにしましょう!!」
それで音ノ葉はテンションが上がったのか、バットを掲げながらそう言う。流石にそんなことはしないが、まだ命令出来るというのなら……。
「じゃあ催眠に関する全ての情報、そして俺らが芹沢さんに対してやった行為を全部忘れてくれ」
「はい」
俺はそう命令した。催眠中の記憶は保持出来ないみたいだが……逆に言えば催眠解除後は、催眠前の記憶を持っていることになる。流石に頭突きや縛ったりした記憶をそのままにしておくわけにはいかないので……この命令も必要だろう。
「えっ、ホントにそれだけでいいんですか? もっと他のことを命令したって構わないんですよ?」
俺の命令を聞いた音ノ葉は、ちょっと不満げに言う。音ノ葉としては、もっと芹沢さんに制裁を加えたいんだろうが……。
「いや、そうは言ってもな……」
「なら、私が命令します。隆太様に土下座してください!」
「……」
……だが、芹沢さんは何も言わず、固まったままだった。
「あれ?」
「もしかして催眠かけた人じゃないと、命令出来ないようになってるんじゃないか?」
「ああ、なるほど……まぁそれはそうですよね」
多分、俺が『音ノ葉の言うことも聞くように』と命令すれば、きっと音ノ葉の言うことも聞くんだろうけど……俺は土下座なんか望んでないし。それなら。
「じゃあまぁ……芹沢さんは心を入れ替えて、これからは誠実に生きていくこと。これでいいか?」
「はい」
芹沢さんは頷いた。その光景を見た音ノ葉は、ため息交じりに。
「隆太様は優しいですねぇ……でも催眠が切れた後も、その命令は継続されるんでしょうか?」
「まぁ実験的な意味でだ。もう催眠アプリもないから警戒しなくても大丈夫だと思うけど……万が一また芹沢さんが襲ってくるようなことがあれば、助けてくれるか?」
「はい、それはもちろんですわ!」
「ありがとう」
……と、そんな会話をしていると、どうやら時間経過で催眠が解除されたようで。
「んん…………あれ。私、何を……?」
困惑している様子の芹沢さんの姿があった。すかさず俺はそれっぽい嘘を作り上げ、この状況を説明してあげた。
「芹沢さんは俺のために鞄持ってきてくれたんだけど、途中で君も倒れて眠っちゃっていたんだよ」
「えっ、そうだったんだ……ごめんね? 迷惑掛けちゃって」
「いいよ。俺なんかよりも音ノ葉にもお礼言ってやってくれ。世話してくれたのは音ノ葉だから」
ここで俺は音ノ葉に振ってみた。そしたら音ノ葉は驚いた表情を見せて……でも、そんな彼女のことなど気にもとめず、芹沢さんはお礼を言って。
「そうなんだ、ありがとね音ノ葉さん!」
「えっ、えっと……別に構いませんけど? でも隆太様迎えに来るくらいなんですから、もっとシャキッとしてないとダメなんですからね!」
「うん、そうだね。ごめん……って、もうこんな時間!? 私、部活行かないと!」
それで時計を見たのか、芹沢さんは焦ったように保健室から出て行くのだった……そして俺らは顔を見合わせる。
「……本当に善人になってましたね」
「ああ。催眠アプリに惑わされただけで、本当は良い子だったんだよ」
「そうですかねぇ……? 私もそう信じたいですけど。でも、隆太様を犯そうとした事実は消えませんからね?」
不満そうに音ノ葉は言う。もちろん彼女の言い分も分かるが……。
「まぁ……更生したヤンキーより、もともと真面目に生きているヤツの方が偉いってよく言われるし、実際俺もそう思うけど。でもちゃんと反省して、改心した人を絶対に認めないってのも違うかなって、俺はそう思うんだ」
「……そうですか。隆太様がそういう考えなら、私はこれ以上何も言いませんよ」
どうやら音ノ葉は納得してくれたようで、俺に笑顔を見せてくれた。
「ああ。ありがとな、音ノ葉」
「はい! じゃあ一緒に帰りましょうか、隆太様!」
「ああ……ってちょっと待て」
ここで俺は周囲を見渡す。そこには相変わらず、窓ガラスの破片が散らばっていて……。
「流石にこのままで帰るわけにはいかないだろ」
「えっ? 誰にもバレてないですし……誰かに気付かれる前に、早く帰りましょう。あっ、それか催眠で他の人に擦り付ければ……!」
言い切る前に、俺は音ノ葉にチョップをかます。
「アホ。んなことしたら、お前の嫌ってる奴らと同類になるぞ。俺が割ったって謝ってくるから、音ノ葉は先帰っとけ」
すると音ノ葉は食い下がるように、身体を前に乗り出して。
「そ、そんなことさせるわけにはいきませんわ!! 割ったの私ですし!!」
「いや、俺を助けるために割ったんだし……もう一枚は俺が指示したんだ。音ノ葉は何も悪くねぇよ」
「でも、そんなの絶対させませんわ! 隆太様に罪を被せるくらいなら……私は死を選びますわ!!」
音ノ葉は必死に言う。まぁここで拒否したら、本当に死にかねないので……俺はこんな提案をしてみた。
「分かったよ……なら一緒に謝りに行こう。二人でボール遊びしてて割ったとか言ったら、自然だろうし」
「分かりましたわ! ……ふふっ。今度一緒にボール遊び、やりましょうね!」
「別にやりたいから言ったわけじゃねぇよ」
そんな感じで……そのまま俺らは窓ガラスを割ったことを、先生に報告しに行った。当然こっぴどく叱られてしまったが……音ノ葉はずっと笑顔のままだった。
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