第3話 推測of明日弥
こういうとき。
つまり、フリーのシナリオライターである明日弥が、誰か別の人間が書いたシナリオの引継ぎをするにあたり、「なんでこのキャラはこんなことをしてるんだ?」というのがわからないとき。
明日弥は酒場に繰り出し、本人に――そのキャラクターに直接質問をぶつける、というスタイルを採ることが多かった。
と言っても、『架空の存在と語り合うことができる特別な能力』のようなものがあるわけではない。
歩いているとき、電車に乗っているとき、風呂に入っているとき、ベッドに入ったときなど――脳裏に空想の酒場を浮かべ、そこに、相手を呼んで、待つ、というやり方だ。
「遺産は、空の上にある」
明日弥は、滔々と語る。
「はるか上空。魔法の力で浮かぶ島。その中央に神殿があり、その奥に、遺産がある。辿り着くには、騎士として鍛え上げられた肉体と、優れた魔法の力が必要だ」
「……地上にはない、というところまでは、突き止めていた」
騎士は、ぼそりと言った。感情を読み取らせまいとするような無機質な喋り方に、ほんの少し、別の重さが載ったようだった。
「だが、具体的にどこにあるかは――ましてや、どのような試練が待ち受けているかは、魔法王国の重鎮でさえ知らないことだ」
「でも、あんたは当たりをつけてたんだろう? 騎士と魔法。ふたつの力がいるってことを」
確信を持って、明日弥は問う。
騎士の力を絶対とする者、魔法の力を絶対とする者には決して辿り着けない発想。
剣と魔法の両方を修めたこの黒騎士ならば、その着想は得られるはずだし、それだけの洞察力の持ち主であってほしい、という気持ちもあった。
黒騎士は少しの沈黙ののち、ぽつりと尋ねた。
「遺産がどんな力を持っているのか、知っているか?」
「いや。それは俺にもわからない」
だってこれから決まるんだから。
「ただ、世界を統べるほどの力があるんだってな。あんたはそれが欲しくて、魔法王国側についたのか?」
黒騎士は答えない。
答える必要がない、と暗黙に告げるような、あの断然たる沈黙ではない。
答えに窮した。明日弥は、そう見た。
こいつ、あんまりハイとかイイエとか言いたくないタイプだな。ひょっとしたら、実は素直すぎて、うっかり本当のことを言ってしまわないよう、沈黙でどうにかしようとしているのかもしれない。だとしたら、ちょっとかわいげがある。
さておき。
ここでイエスと答えないということは、きっと、ノーだということだ。
ではなぜ、彼は魔法王国に与したのか?
思いつく理由は、いくつかある。
ライターなのだから、そのうちのひとつを選択し、「こうです」と言ってしまったっていい。
と、いうか、それが明日弥の仕事だし、細谷から求められていることでもある。
ただ、その答えが「黒騎士らしい」理由なのかどうかが問題だと明日弥は考えていた。
こうして話してみて感じるのは、彼が思慮深く、慎重な人間であるということだ。
では、そんな彼が、どうして出身国を裏切り敵国につくという、大胆不敵な行動に出たのか――
それを知るためには、もっと、彼の心の奥深い部分に切り込む必要がある。
そのための一言を、明日弥は放つ。
「あんた、弟がいるだろ」
黒騎士の唇が、ぴくりと動く。
「騎士シャイク。若いが、優秀らしいな。特に剣の腕は天賦の才があるらしい」
と、資料にはあった。
「あんたが騎士王国を出奔したのは、シャイクと稽古をしていて、初めて一本取られた翌日だったんだって?」
と、これは、今この瞬間、明日弥の脳裏に浮かんだ光景である。
黒騎士は当然、騎士王国にいた頃から優れた使い手であったはずだ。そんな彼から、まぐれであれなんであれ、未熟な弟が稽古で一本を取るなど、普通は無理だろう。ただ、シャイクは主人公なのだから、そのぐらいの素養があってもいいはずだ、と明日弥は考えていた。
だが、当の兄にとってはどうか。
「あんたは周囲に称賛され、将来を嘱望されていた。類まれなる強者だと、自他ともに認める存在だった。だからこそ、怖くなったんじゃないか? 弟の方が強くなるかもしれないと。自分に追いつき、追い越すかもしれないと。騎士として、自分以上の存在になってしまうかもしれないと――自分が、弟に劣ると思われるかもしれないと」
黒騎士は答えない。ただ色のない無言を放っている。
強いて感情を抑えているのか。それとも、明日弥の語るところを一通り聞いてやろうというつもりなのか。
どちらにしても、先を促されているのは確かだ。
明日弥は続ける。
「さて――そんなあんたに、実は、魔法の素養があった。昔どこかで何かの拍子にそれがわかった。わかっていながら、あんたは無視した。それは必要のないものだったからだ。騎士王国では、騎士が魔法を使うのはご法度だからな」
だからこそ黒騎士は、騎士王国の者たちから毛嫌いされている――はずだ。
確かに強い、途方もなく強い。だがそれは魔法の力があるからこそだ。卑怯者め。騎士を名乗るなら、剣だけで勝負してみせろ。魔法などといういんちきものの力を使いおって。そんな強さはでたらめ、まやかし、見せかけだけのものだ。
などと言われているに違いない。資料にはそこまで書いてはなかったが、騎士王国と魔法王国が争っているからには、騎士たちには魔法に対する蔑視偏見がありそうなものだ。
「これまであんたは魔法に見向きもしなかった。だが――弟の方が自分より強くなるかもしれない、という懸念と戦慄が走ったとき、思い出したんじゃないか? そういえば、自分には魔法の素養があったんだと」
ひょっとしたら、素養がある、ということ自体、騎士王国では恥ずべきことだったのかもしれない。彼はずっと、それを隠し通してきたのかもしれない。己のプライドを守るために。
だが、そのプライド自体が危機に瀕したとしたら。
「剣では弟が勝るかもしれない。だが、自分には魔法がある。騎士としては勝てなくても、そこに魔法の力を乗せたなら、どうだ? 総合的に、自分の方が強くなるのではないか? なんて、そんな風に思ったんじゃないか? そもそも」
と、ここで明日弥の脳に、疑問が閃く。明日弥は、それをそのまま口にする。
「そもそも、魔法を蔑視する騎士のやり方というのは、間違ってはいないか。歴史を紐解けば、古代魔法騎士王とは、まさに騎士であり魔法使いであったではないか。
つまり、その両方の力を持つ者こそが、世界の王たるに相応しい強者であるという何よりの証明だ。なのに今、騎士王国では、魔法を使う騎士など認められない。実力とは己の肉体に付随するものであって、魔法というのは、卑怯者の技であるとされているからだ。
支援魔法使いが騎士に仕え、その能力を増大させるのは、まだいい。だが、火球だの雷撃だのといったものを駆使して、剣の届かぬ間合いから一方的に相手を打ち負かし、どうだ俺の方が強いぞと胸を張るのは、なんともプライドのない、浅はかな所業なのだ――といった観念が一般的なものとしてまかり通っている」
そうでないと、主人公に魔法使いの幼なじみがいていい理由にならない。資料では、確か支援や回復魔法の使い手だったはずだ。
つまり、騎士にとってプラスになるものはアリだが、マイナスになるものはダメ。それが、騎士王国における魔法の正しい在り方、ということになる。
確か似たような話があったな、と明日弥は思い出す。中世ヨーロッパの騎士が、まさに弓を毛嫌いしていたんじゃなかったか。遠くから届くし、簡単に鎧を貫通するから。ただの弓ならまだしも、弩となると、大した訓練なしにズバッと撃てて、簡単に騎士を殺せてしまう。なので、弩禁止令みたいなのが出た……いや、そこまで行ったっけ? ちょっとうろ覚えだ。ちゃんと後で調べ直さないと。
火球や電撃といった「花形」の攻撃魔法が主人公サイドにはいっさい使えない、というのは問題だろうから、そのへんは長弓隊みたいな扱いなのかもしれない。相手がそういうのを撃ってくるから、仕方なくこっちも使うのだ、という面目を立てて。そういうことなら、主人公の仲間に攻撃魔法の使い手がいてもいいだろう。とすると、騎士王国に味方する魔法使いっていうのは、どういう心境なんだ? 資料にはそこまで詳しく載っていなかった、というか、魔法使いの味方が登場することと、ざっくりした性格が書いてあるだけだったが、突き詰めるとその辺いろいろドラマがありそうだ。まあ、これは後で考えるとして。今は黒騎士だ。
思考を戻す。
「だが、魔法を使えて何が悪い? 魔法を使えるかどうかは、素養のあるなしで決まる。素養のあるものが、その長所を生かして、いったい何がいけないというのか? 使えるなら使えばいい。それで勝つなら、本人の実力のうちと言えるだろう。
ああ。なんだ。要は、妬みとやっかみではないか。剣の腕は一流だけれども、魔法はからっきし。そんな連中が、魔法騎士王の崩御後に騎士王国なぞというものを建て、魔法は卑怯だ、使用禁止だと、自分たちに都合のいいルールを定めただけではないか。そして、魔法の素養のあるものが少ないから、彼らの意見が多数派として世に通り、さも真理のごとく語られてきただけではないか。
そんなものが正しいと言えるのか? もちろん違う。
あんたはそう考え、騎士王国を出奔し、魔法王国に向かった。魔法を学び、力を得るため。騎士の力と魔法の力、その双方を持つ、今この時代において唯一無二の強者となるために。
そして今。修業を終え、魔法使いとしても優れた実力を手に入れた、今。あんたは、遺産を巡って勃発した二国間の争いで、存分にその力を揮い、名声を轟かせている。
最強の黒騎士としてな」
そこまで言って、様子を見る。
黒騎士は、相変わらず黙ったままだ。肯定も否定もしない。彼お得意の黙秘戦術。
どうなんだ――? と思う明日弥の脳に、ふと、閃きが走る。
いや。
違う。
これは。たぶん。
「あんたは、王を探しているんじゃないか?」
出し抜けの問いかけに、グラスを持つ黒騎士の指が、ぴくりと動く。
明日弥はスッと目を細めた。
暗くて深い鉱道の中、ようやく目当ての鉱脈を掘り当てたような気持ちで、慎重に言葉のつるはしを連ねる。
「騎士として、自分が仕えるべき真の王。その器を持つ者に出会いたい。それがあんたの望みじゃないのか? 黒騎士」
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