第2話 事情in現実

「古代魔法騎士王マジュラ」

 と、明日弥はその言葉を口の中で転がした。

「ってのがいるんですね」


「そう。いる」

 ディレクターの細谷が答える。

「最強の騎士であり、最強の魔法使いであった王様。だから、その遺産は、世界を統べるほどの力を持ってる。はず」


「はず?」


「具体的にはまだ決めてないから」


「ああ」


 そうだろうな、と明日弥はぼんやりうなずいた。自分が呼ばれているってことは、だいたいそういうことなわけだ。


 広く、ピシリとした印象のある会議室。

 白と灰色だけで構成された、無機質寄りのスタイリッシュさが、〝ちゃんと仕事しろ〟と無言で圧を掛けてくるようだ。

 中央には長いテーブルが置かれていて、左右五人ずつ椅子が用意されているが、今この場にいるのは、明日弥と、向かい合っている細谷だけだった。


 細谷は、ベンチャー企業『ドリームドライブ』で、『キャラドリーム』というコンテンツを担当するディレクターの一人である。


『キャラドリーム』は、誰でも気軽に読める、インターネット上のキャラクターコンテンツとして創出された。


『キャラドリーム』公式サイトに飛ぶと、ファンタジーからSFまで、様々な世界観の様々なキャラクターイラストがずらりと並んでいる。

 その中から好きなキャラクターを選ぶと、そのキャラクターの『設定』と『物語』が書かれたページに飛ぶ。


『物語』は、カラーイラストの挿絵つきのテキストで展開される。

 印象としては小説に近いが、小説ほど細かく書き込まれていない。小説と絵本の相の子、という感じだ。その分サクサク読めるし、普通の小説に比べてカラーイラストの挿絵が格段に多いので、文章で省かれた細かい情景はイラストで補完しながら読む、という形になる。


『キャラドリ』がちょっと独特なのは、あくまで『キャラクターの物語』であることを重視している点だ。


 読者にまず、大量のキャラクターを見せる。

 読者はその中から、見た目、性格、設定など、とにかく自分の好みに合致するキャラクターを選ぶ。

 そして、そのキャラクターを主役とする物語を読むことができる。


 という風に、『物語』より『キャラクター』が先に来ている。『物語』の中に『キャラクター』がいるのではなく、『キャラクター』のために『物語』が作られている、という構造だ。


『物語』を読んでからその中に推しのキャラクターを見つけるのではなく、まず推せそうなキャラクターを見つけてからそのキャラクターのエピソードを読めてもいいじゃないか――というのが『キャラドリ』誕生の経緯であると、確かどこかのインタビュー記事に載っていた。


 今回の場合、『正義感が強く真面目で心優しい若き騎士シャイク』という『キャラクター』がまずあって、そういうキャラクターが好きな人のために、シャイクを主人公とした『物語』が随時更新される――という仕組みになる。


 細谷は、漫画や小説で言うところの『編集者』に近い立ち位置だが、あくまで肩書きは『ディレクター』である。『キャラドリーム』で複数のキャラクターの見た目・設定・物語に関するディレクションを行っている。


「で」

 と明日弥はタブレットを操作し、電子資料のページをめくる。

「この世界には、騎士王国ナイティアと魔法王国ウィザーディアの二国があって、その古代魔法騎士王の遺産を奪い合って、戦争してると」


「そう。主人公シャイクは、騎士王国に仕える若き騎士。魔法王国と戦ううちに、この戦争の意義に疑問を持ち始める。で、そんなシャイクの前に立ちはだかるのが、騎士でありながら魔法王国についた最強の黒騎士です」


「あ、そういうのアリなんですね。転職というか、なんというか」


「基本はナシなんですけどね。黒騎士は特別です。なんか、ほら、才能があったんでしょうね。あと事情が」


「まあ、このイラスト、こんな兜かぶって顔隠してたら、そりゃ事情ありそうですよね」


「兄貴なんすよ。シャイクの」


「あ、主人公の?」


「ええ」


「じゃ、戦ってる途中で兜が外れて、『に、兄さん!』みたいな」


「いつかはやりたいですね、そういうの」


「鉄板ですからね。で、この黒騎士、なんで魔法側についたんです?」


「魔法の素質があったので。あと、魔法の方が強いと思ったから。と言われてます。世間では」


「ほんとは違うと」


「たぶん」


「たぶん?」


「いや、そこがわからないんですよ。ライターがね、いなくなっちゃって。退職して」


「あー。その人の頭んなか?」


「そうなんです。いや、どうしようね、みたいな話はずっとしてて。その人、結構書きながら考えてくタイプだったから、とりあえずざっくりプロット作ってみて、そこで考えてみます。って言ってたら、プロットの途中で辞めちゃった」


「じゃ、そこから考えなきゃいけないんですね」


「ですね。いちおう、目的というか、そういうのだけはあるんですけど」


「あ、そうなんですか」


「です。あの、古代魔法騎士王の遺産を手に入れるのが、話としては最終目標じゃないですか。だから黒騎士とシャイクは、最後、それを巡って争う、みたいなのが」


「なるほど。黒騎士は遺産が欲しいと」


「はい。現時点で最強なんで、まあ、筆頭ですよね。候補の。あと、遺産のある場所っていうのが、ちょっと特殊な場所で。空の上にあるんですよ」


「お、空中都市」


「みたいな。ほら、空の上って、気圧低いじゃないですか」


「そうですね。高山病とかの」


「そうそう。するとどうなるかっていうと、魔法使いは、身体鍛えてないから、息が続かなくって詠唱ができないんですよ」


「あ、そういう? それちょっと面白いですね。めちゃくちゃ大魔法とか覚えて、ついに遺産を手に入れるぞ! ってなったら、ちょ、体力的に無理、みたいな」


「そうなんです。でも、魔法を使わないと遺産のところまで辿り着けない」


「あー。騎士と魔法、どっちかじゃなくって、両方じゃないと、ってことなんですね。じゃあ、黒騎士は確かに筆頭ですよね……あれ、でも主人公はどうするんですか?」


「そこ悩んでるんですよね。主人公も魔法を覚えるか、あるいは、魔法使いの幼馴染がいるんで、彼女と一緒になんとかするか」


「騎士王国にも魔法使いっているんですか?」


「いますいます。あの、あれです、どっちが大切か、で割れてるだけなんで。騎士王国だと、魔法って、騎士をサポートするためのものなんですよ。魔法王国は、違うだろ、こっちが主役だろ、と」


「なるほど。まあ、そのへんはなんとかして、最後、黒騎士に勝つと」


「そういう予定です」


「黒騎士、ラスボスなんですか?」


「いや、わかんないですね。なんか黒幕とかいてもいいと思いますけど。黒騎士を操ってたとか、そそのかしたとか」


「最後、兄弟で立ち向かうパターンですね」


「やっぱその方が熱いかなって」


「だとすると、黒騎士の動機ですよね」


「はい。なんで遺産を取ろうとしてるのかとか、なんで魔法王国についたのかとか。そのへんを、ちょっと、詰めてほしいなって」


「んー……これ、戦場で、何回か主人公と会うんですよね?」


「そうですね。主人公側の負けバトルみたいな感じで」


「ただ、負けてばっかりだと、っていうか、黒騎士が勝ってばかりだと、ぶっちゃけ勝負にならないですよね。二国の」


「あー、はい、勝っちゃいますよね、魔法側が。そこは、数の差というか。魔法使い、数自体は少ないんで」


「となると、適度に黒騎士を勝たせて『あいつ強いぞ』って読者に思わせながら、二国の戦い全体としては一進一退、みたいな」


「そのぐらいが理想ですね。別のところで主人公が活躍する見せ場とかも必要なんで」


「なるほど。わかりました。ちょっと考えてみます」


「お願いします。質問とかあったら、なんでも気軽に投げていただいてオーケーなんで」


「ありがとうございます。本人に聞けたら早いんですけどね、こういうの」


「はは、そうですね。ただ、辞めちゃったから」


 細谷は苦笑した。


 そっちの本人じゃないんだけどな、と思いつつ、明日弥は他に必要事項をいくつか聞いて、その会社の会議室を辞した。

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