花束と幽霊
春クジラ
来年も来るからね
「また雪降ってきたよ」
教室の開いた窓から、外を伺っていた彼女が私を振り返ってケラケラ笑った。
「寒い……」
席に座っていた私は、マフラーに顔を埋めてぼやく。外は大雪。学校から全校生徒へ臨時のメールが来ていたことを知ったのは、布団の中で二度寝三度寝を繰り返していたときだった。今日登校しなくても欠席扱いにならないって!でも教室に全然人来なくてつまんないから、みったん来てよ!と、私の携帯に届いたメールの中で笑っていた彼女。
「積もる前に帰ろうかな。ここにいるの、私だけだし」
「私がいるじゃん?」
「あんた幽霊でしょ」
ぴしゃりと言えば彼女は勢いよく手を上げる。既に、口元がニヤけていた。
「それ幽霊差別だと思います!」
「やかましい」
どちらともなく、ふふふと声を出して笑う。彼女が幽霊になってからというもの、何が面白いのか私達は、このような幽霊ジョークを幾度となく繰り返している。
「ていうか先生は?」
「先生なら、もう
そう言いながら彼女は天井に人差し指を向ける。
「本当?」
「少し前にね」
最後の一人になっちゃったなぁと、彼女は私がいる机の上に座り、つまらなそうに足をぶらぶらさせた。私はコートにマフラー、手袋と重装備なのに対し、彼女はセーラー服。以前、寒くはないのかと聞いたことがある。彼女曰く、温度や気温は感じないらしい。私は立ち上がって、教卓の上に持ってきていた手提げ袋を置いて、そこから荷物を取り出した。
さっきまで自分が座っていた席を振り返る。
足が錆びついてボロボロの机と椅子。壁は剥がれ、床には散乱した窓ガラスの破片。埃と雪と土砂に塗れた教室を、ゆっくり見渡す。一つだけ残った机の周りを埋め尽くすように置かれているのは、ピンクや白など色とりどりの包装紙達。萎びて朽ちた、かつて花束だったものが、床にうっすら色とりどりの花弁を貼りつけていた。毎年来ていた同級生達は、少しずつ来なくなり、今では私一人だけだ。お菓子やペットボトルなどを手で退かして隙間を作ると、そこに持ってきた新しいマフラーや手袋を置く。教室から突き出ている巨大な岩に気づかないふりをして。
「わぁ可愛い!」彼女の明るい声が聞こえた。
「……」
最後に手提げバッグから花束を取り出すと、彼女は初めて沈黙した。彼女が正面に来て、ふわりと近づいてきたので私は驚いた。
「ちょっと何してるの!?」
「抱きしめてるの」
相変わらず彼女の体は透けている。彼女が私に抱きついている形だ。体は密着しているが、やっぱり体温は感じない。
「実体ないのに」
「幽霊差別だってば」
彼女は、もう笑っていなかった。
「みったん大人になったね」
私は黙る。すると抱きしめられていた腕が緩まるのが視界で分かった。このままでいて欲しいと言うと、自嘲気味に笑う声が耳元でした。
「だって温かくないでしょ?」
私は目を瞑る。
「冷え込む季節にはちょうどいい」
「……みったんは優しいね」
彼女の声は震えていた。
「ありがとう、今年も来てくれて」
「うん」
「みったんだけだよ。今でも来てくれるの」
「うん……」
体温のない幽霊に温かさを感じるなんて。この世に残った彼女の魂。これは、きっと心なんだろう。いつの間にか涙が溢れていた。
「ごめんね……あのとき私も学校に行ってれば───」
「それはもう言わない約束だったでしょ。みったんのせいじゃないもの」
私は小さく呟いた。
「絶対、来年も来るからね」
床に置かれた桜の花束だけが、私達の泣き声をいつまでも聞いていた。
花束と幽霊 春クジラ @harukujira
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます