第4話 施設長

「ごめんね。僕が快眠なばっかりに……」

「何言ってるの?」


 めちゃくちゃ視線が痛い……。

 彼女の機嫌は直らなかったが、廊下で話すのは迷惑になることを伝えて遊び場へと向かう。先に起きていたのだろう、クインちゃんが隅で読書をしていた。


「クインちゃん、おはよう」

「あらおはよう。いたいけな少女を放置したひどい人」

「いやだって指定された部屋で寝てると思うじゃん……」


 というか居るって知りながら放置したクインちゃんも同罪では? そう思ったけど廊下での会話が聞こえていた可能性があるから何も言わず隣に座る。クインちゃんが読んでいるのは花冠の作り方の本だった。よく見たら冠が少し枯れている。新しいのを作るつもりなのだろうか。


「そういえばクインちゃんってなんで花冠をつけてるの?」

「それを教えたとして、貴方は私に何をくれるの?」


 何を? ……何をかぁ。クインちゃんが好きそうなこと……。


「お給料で欲しいものをなんでも1つ買ってあげる……とか?」

「……そこまでして知りたい情報なの? 冗談、冗談よ。別にこれくらいのことなら何も与えなくても教えてあげるわ。特に理由はないの。ただ花が好きなだけ。好きなものを身に着けたいからいつも花冠をつけているの」


 彼女はもみあげを耳にかけると「これで満足かしら」と目を細めた。それに肯定し、僕たちは会話を続けた。クインちゃんは桃色を基調とした花冠を作ろうとしているらしい。眼の色と揃えたくなったのだとか。それから数分後、だんだんと人が集まってきた。というか、執行者全員が遊び場に居るんじゃないか? 全員居るのはとても珍しいことで、隣に居るクインちゃんに何事かを問うた。すると彼女はギョッとした顔で口元を抑えた。


「貴方、予定表を見ていないの!? ありえない! よくそれで5年以上も執行者やってられるわね?」

「予定表……あぁ、そっか今日か! ジェイコブさんが来る日!」


 カレンダーを見る習慣がないから今日がジェイコブさん……施設長が来る日だと気づかなかった。それなら全員集まっているのも納得だ。今日は何の話をするために来たのだろう? 楽しみだな。

 一人合点がいっていると陰鬱とした雰囲気の友達が話しかけてきた。


「よく喜べるね……理解できない……」


 青い髪がさらりと揺れる。ウォード君は腕を組んで項垂れていた。そういえば、彼はジェイコブさんが苦手だったっけ。理由は聞いたことないし、聞いたところで答えてくれるような性格じゃないからこの疑問が解消されることはないのだろう。ウォード君は隣で眠っているアテナちゃんを見ると顔を顰めた。


「累くん……君は生贄に選ばれたのだね……あぁ、嘆かわしい……」

「嘆かわしくなんてないよ。名誉ある仕事だから」

「それが嘆かわしいと言っているのだよ……名誉ある、と君は言うが……君は」


 と、そこでウォード君の声は途切れた。手を2回たたく音が聴こえたからだ。彼は金色の瞳を閉じると、そのまま部屋の隅へ行った。


「はぁい皆、元気かな」


 暖かい女性の声が聴こえる。しかし声の主は居ない。どこに居るのかと辺りを見回すと遊び場の真ん中に背の高い女性が立っていた。腰まである青い髪に緑の瞳。汚れを落とした銀色のモノクルをかけると両手をあげた。


「今日はみんな集まってくれてありがとう。少し遅れてしまったが、今回はお知らせをするために集まってもらったんだ」

「は~い施設長、お知らせって何?」


 アバドン君が手を挙げる。ジェイコブさんは「よくぞ聞いてくれました!」と言うと僕とアテナちゃんを指さした。アテナちゃんを認識した数人がざわめく。その反応を見たジェイコブさんは優し気な笑顔を浮かべた。


「生贄が決まった。我々は総力を挙げて彼の仕事を完遂させねばならぬ。無事に神を創造した暁には盛大なパーティーを開こうじゃないか!」

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