第2話 遊び場にて

 この施設は全部が真っ白だ。白い壁に白い天井、白い床。何もかもが白、白、白。ただ遊び場だけは3つの色で彩られていた。


「お、累じゃん。目の下に深い隈あるけどまた徹夜したん?」


 遊び場の中に入ると金髪の男の子が話しかけてきた。名前はジーニー君。僕と同じ執行者で、大好きな友人だ。


「そうなんだよ~。本を読んでると眠るの忘れちゃう! ……あ、アテナちゃん、この人はジーニー君。僕の友達だよ。ジーニー君、この子はアテナちゃん」


 アテナちゃんを見たジーニー君は驚いたように目を見開く。アテナちゃんは僕の言葉を反復していた。


「そっか……少し寂しいな」

「? 寂しい? 何が?」

「さいし?」

「い~やなんでもない! おめでとう累! それと……アテナだっけ。アテナが居るならテレビは教育番組にしたほうがいいか。お~いノネ! テレビを教育番組に変えといて!」


 ジーニー君はテレビの近くに居た赤髪の男の子、ノネ君にお願いをする。ノネ君は親指と人差し指で丸を作るとディスクをテレビに入れた。それを見て僕は車いすをテレビの前に行かせた。番組が流れる。愉快な音楽に合わせて様々な言葉が流れ始めた。アテナちゃんは流れてくる言葉を反復する。どうやらアテナちゃんは言葉を反復するのが好きなようだ。知的好奇心が高いようで何よりだ。


「累」


 番組を見ていると隣に居たノネ君がこっそりと僕に話しかけた。多分集中しているアテナちゃんを邪魔しないように気を付けているのだろう。


「君、生贄になったんだね」

「うん、そうだよ。それがどうかした?」

「いや? ただ執行者の中でも特に頭が足りない君が選ばれるとは思っていなかったからね。本当にアテナの世話ができるのかい?」


 そういわれ少し胸が痛くなる。なんというか、指摘されたくない部分を指摘された気分だ。いや、僕も若干不安はあるけど……。


「大丈夫だよ、多分……研究者さんたちも手伝ってくれるらしいし、何よりノネ君たちも手伝ってくれるでしょ?」

「まぁね。アテナを育てることは桃源神話全体の仕事と言える。拒否なんてした暁にはもうこの世に居ないだろうから」


 ノネ君は仕方ないなとため息を吐く。アテナちゃんを育てることに消極的そうな態度だ。ノネ君は確か、前の生贄と仲良しだったんだっけ。でも前の生贄は結局仕事を全うできなかった。要するに出来損ない。……そういえば、ノネ君は前の生贄ともだちのことをどう思っているのだろう。


「ねぇ、ノネ君ってさ……」

「君、それを言ったら全力で顔をへこませるよ」

「ご、ごめん」


 手で口を押える。ノネ君はやると言ったらやる男だ。さすがに顔がへこむのは嫌すぎる。そんな感じで話していると、後ろからドタドタとあわただしい足音が聞こえてきた。振り返ると頬に血の付いた女の子が遊び場に入ってくるところだった。水色の髪をしたオッドアイの女の子。後ろには女の子のお兄さんが息を切らしている。


「エンジェル! 頬! 頬汚れてる!」


 ジーニー君が慌てて女の子の頬をハンカチで拭う。エンジェルちゃんは感謝の言葉を言うとそのまま僕たちの下にやってきた。


「主が来たって本当?」


 その言葉に肯定すると、エンジェルはうっとりとした顔でその場に座り込んだ。両手で頬を包み込み、深い深呼吸を繰り返す。


「エンジェル~、急に走るなんて兄ちゃん聞いてないよ……主に会えるのは俺様ちゃんも嬉しいけど、そんな騒いだら主驚いちゃうじゃん」

「あらごめんなさい兄様。でも、主に会えるのよ? 何よりも優先されて当然でしょう?」

「そうだけどそうじゃないんだよ。主はいわば赤子だよ? これから先嫌われちゃったら意味ないじゃん」

「むぅ……それもそうですわね」


 エンジェルちゃんは頬を膨らまれる。お兄さん……アバドン君はエンジェルちゃんの頭を荒っぽく撫でるとアテナちゃんに近づいた。


「だれ」


 アテナちゃんは首をかしげる。喋ることにも慣れてきたのだろう。だいぶしっかりと喋れるようになっていた。


「アバドン、と言います。好きなように呼んでください」

「よぶ……ドン」

「んっふ」


 アテナちゃんが「ドン」と言った直後、ノネ君が盛大に噴出した。ドンと呼ばれたアバドン君は嬉しそうな笑顔を浮かべている。それはそれは幸せそうな笑顔だった。確か、今までのアテナちゃんも最初はアバドン君のことを「ドン」って呼んでたんだっけ。別人のはずなのに思考回路は似てるってすごいなぁ。


「あ、主! 私はエンジェルと申します! わ私もぜひお好きなように呼んでください!」

「……ジェル?」

「あぁ、あぁ! これ以上の幸福がありましょうか! あ、主が私の名を呼んでくださった……もう死んでもいいわ…………」


 エンジェルちゃんは床に伏して涙を流している。これ、毎回やってるんだよね。新しいアテナちゃんが来るたびにやってる。飽きないのだろうか。……多分飽きないから毎回やってるんだろうな。


「ルイ、このひと、なに?」

「僕の友達……かなぁ? 待って、二人とも僕の友達で良いよね?」

「何を言っているのですか累様。みな神によって作られたのです。家族ですよ。主、私たちと累は家族なのです」

「かぞく……アテナ、かぞく、なれる?」


 彼女のその言葉で周囲が凍った。家族。家族かぁ……アテナちゃんの境遇を考えれば軽率に「家族だ」なんて言えない_けど。


「うん、なれるよ」

「累様」


 エンジェルは僕の名を呼ぶ。諫めるような声色だ。大丈夫、彼女の言いたいことは判っている。アテナちゃんと僕たちは文字通り”生きている世界が違う”。

 …………だいぶ気まずい。それを彼も感じていたのだろう。パン! と手を叩く音が遊び場に響いた。皆が音のほうを向く。


「みんな! そろそろ飯の時間だ。食堂に行こう」


 ジーニー君のその提案でみんな食堂へと向かうために片づけを始めた。

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