月が綺麗な文藝部

磨白

月が綺麗な文藝部

「例えば月が綺麗ですね、と言われたら君はどうする?」


部活での作業中先輩にそんな質問をされた。


「なんですか急に。好きな人でもできました?」


「バカ言え。私の恋人はペンと紙だよ」


「それ二股宣言ですけど大丈夫そうです?」


若干呆れながらそう返事を返しつつ、僕は少し考える。


「うーん、まぁ。普通に嬉しいとは思いますけど、今まで言われたことはないですか

らね……」


悲しい人…みたいな顔を向けてくる先輩。いや、あんたもないでしょ


「それでも一度くらいは考えたことはあるだろ」


「ないですね、虚しくないですか?」


「ほんとに君は文藝部かい?小説家なんて妄想してなんぼのお仕事だろう」


「やってること夢女子と一ミリも変わらないですね」


そういうと先輩は肩をすくめ、黙り込んだ。


アレは余裕に見えて「あれ?意外とそうかも?」と自問自答しているときの先輩が良くやる手法である。


後輩にはお見通しなのだ。


「僕、文藝部ですけどあんまり小説書かないので」


「そうだったね、ほんともったいないよ。君には才能があるのに」


「確かに、作文は得意で賞取ったことありますけど…ほんとそれだけですから」


「それだと、本当に君が凡人みたいに聞こえるな。普通の人はコンクールに出した作品が全部金賞なんてことはないんだよ」


「……無駄口叩いてないで、早く作業してください。こないだも生徒会の人に遅くまで残り過ぎだって怒られたでしょう?」


「時間をかけられないのはいい小説家ではないよ」


口が達者なのは結構だが、屁理屈が多いのはこの人の悪い癖だと思う。


先輩の発言は無視して、僕は自身の宿題に取り組み始めたが先輩が作業机に戻る気配はない。


「先輩?どうしたんですか小説は……」


そう言いかけたとき、先輩が僕に急に近寄って押し倒してきた。


狭く薄暗い部室で、密着する。


呼吸の音がした。長い髪からは少し甘い匂いがした。


先輩と目が合う。小さく微笑んだ彼女は部室にある小さい窓を指さし、


「最近は日が落ちるのが早いし、今でも見えるんじゃないかな」


そうして、僕の耳元に近づいてきた先輩は


「月が綺麗ですね」


と、そっと囁いた。


「死んでもいいわ」


僕がそう小さく言うと、先輩はうんうんと頷いて


「30点、かな」


「失礼な人ですね、後輩を押し倒しておいて」


「あはは、済まないね。こうした方が君のリアルな感想が聞けると思ったんだよ」


「僕のアンサー聞くためにそこまでしますか?」


「ふふふ、気になるからね」


僕の体の上から先輩が退く。


「それにしても、意外と普通な回答をするんだね」


「なんて返したらいいかわかんないですよ。急ですし」


「急じゃないと意味がないしね」


「そうですか」


先輩の手を引き寄せ、再び密着する。今度は僕が抱きしめるような形で。


「こ、後輩くん?」


困惑した声をになる先輩。


いつも余裕ぶってるのに、急なのに弱いんだよね……


「ほら今日は、月がいつもより近くにありますよ。手を伸ばしたら届きそうですね。どう思いますか、先輩」


先輩からの返答がなく、しばらく沈黙が部屋に広がった。


「はやく。急じゃないと意味ないんでしょ」


「……あぁ」


と先輩がめちゃくちゃ神妙な声で言ったので思わず笑ってしまう。


「わ、笑うんじゃない!」


「いや、ほん、とにすいませ…ふふっ」


「もういい!ちょっとお手洗い行ってくる!」


僕のことを押しのけて部室から出ていこうとする先輩に、


「さっきの返しは0点でしたね」


と声をかけるが無視されてしまった。


バタンッ!!とドアが勢いよく閉められ、一人きりになった僕は部屋にうずくまった。


「結構大胆なことしちゃったな、あはは、らしくないや」


真っ赤になった顔をパタパタと手で仰ぐ。


窓を開けて、涼もうとすると窓の外には綺麗な月があった。


満月でもなんでもない。ただの月ではあったが、それでもこの夜の中で誰が見ても一番輝いているのだろう。


「先輩、昔から今まで変わらず月は綺麗なままですよ」


誰に聞かせるでもなく自分の素直な気持ちをそっと呟き、


拗ねた先輩をどうなだめるかな、なんて考えながら先輩が帰って来るまで月を眺めていた。


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