第32話 亀裂

一月七日。

『ばら色の人生』第一回が載る「週刊少年スター」の発売日だ。

「注目の新人が贈る巨弾新連載!」

 そんな煽り文句と共に、巻頭にカラーで掲載されている。

 朝、毛受がコンビニに入ると、おろしたての「週刊少年スター」の表紙が目に飛び込んだ。

表紙には大きく『ばら色の人生』の主人公キャラクターが描かれている。

感無量だった。

(ついに、ここまで来たか)

 さっそくレジに出し、持っていった。

 その次に掲載されていたのは、しのはら黎の連載二回目だ。


 巻末には編集長のコメントが載っている。

「二〇一九年の新連載は対照的な二作になります。他誌でも活躍していたビッグネームのしのはら黎さんに、異色新人の昼田ユキさん。どちらも意欲的な作品です

スターにとっても挑戦の一年が始まります。ご声援をお願いします。


 新連載はまずまずの滑り出し、といえた。

 週刊誌の締切は発売の二週間前。

 そして、アンケートの結果が分かるのは一週間後。

 連載三回目を提出する頃には、初回の反応が返ってくるわけだ。それまではある意味、手探りで描き続けることになる。

 アンケートでの反応がよければそのまま続けるが、反応によってはてこ入れを余儀なくされる。

全くダメなら十週での打ち切りが決定だ。せっかく展開させていたストーリーをたたまなければならない。

 そしていちからやり直し、というわけだ。


「どうでした?」

「まあまあですね」

「うーん」

「まあ、十週打ち切りにはなりませんよ」

「それ聞いてほっとしました。もっと連載続けたいですからね」

「ただ、改善点と言いますか、編集長からの意見はありました。もう少しはっちゃけた展開でもいいんじゃないか、と」

「はい」

「もう少し、キャラを活発に動かしましょうね」


「今週は前から五番目だね」

 連載マンガにとって、雑誌のどこに掲載されるかは人気のバロメーターだ。

 人気のあるマンガは巻頭に載り、落ちていくにつれて巻末に移動していくが、彼女の作品は二,三ヶ月経っても、真ん中ら辺を小幅に上下している。

 新連載マンガは初めこそ「お披露目」として巻頭に載るが、アンケートの順位が急降下して一〇週――二ヶ月半程度で終了するマンガが、山ほどある。

 巻頭はアニメ化もされている長期連載のマンガが常連になっており、そこに食い込むのは容易ではないことは想像がついた。

 この作品は粘っている方だが、上に振れるか下に振れるか、まだ予想は付かない。

 打ち切りラインよりもかろうじて上、という雰囲気のときもあったが、じわじわとだが、アンケートの人気が上がってきたのだ。

 新キャラクターを登場させたところ、読者の反応がよくなった。

「これでいこう」

 しのはら黎の作品はトップグループだ。

 新人の初連載作にしては、よくついて行っている、とみていい。


 しかし――

 この頃から、ふたりを取り巻く空気が変わっていった。

 毛受は昼田ユキの周囲から、居場所がなくなりつつあるように思えた。

それはまず、アシスタント仕事が減らされていったことから始まった。

そもそも毛受は、プロレベルの達者な絵が描けるわけではない。いきおい、作画作業は背景の手伝いしか出来ないのだ。

 とはいえ能率がよくないし、週刊連載のテンポについていけなくなりつつあった。

 かてて加えて、連載が進むにつれ、ページ数はしばしば増やされたのだ。常勤のふたりに加えてフリーのアシスタントにヘルプを頼んだが、しばしば徹夜の作業になった。

「まだできないの?」

 タイトなスケジュールのなか、手が遅い毛受の作業は足を引っ張る要因になった。

「違うわね。描き直して」

 仕上げたところで、しばしばダメ出しが入った。

 彼女の要求するものが、どんどん高くなっているのだ。

 結局、背景も全面的に、新しいアシスタントが描くことになった。

 仕事中のご飯にしても、毛受が料理することはなくなり、近所の店から宅配のピザや寿司を取るようになった。

これでは、毛受のすることがなくなってしまう。

 あるとき、昼田ユキに訊いてみた。

「どんどんやることがなくなってくるけど、じゃあ、おれはどうすればいいかな?」

「いちいち訊かないで。自分で考えて」

 不機嫌そうな声で返事があった。

 そして、言い渡された。

「あなたは作画の作業中は、こなくていい」

「わかった」

 これで週の半分は、来る必要がなくなった。


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