第29話
週刊連載をするには、執筆もシステマチックに進めなければならないし、人手も必要になる。
編集部の紹介で、アシスタントがふたり入った。長身と短軀の対照的なコンビ。ふたりとも二十代の女性だった。
長身の女性は桂木聡子、二十八歳。短躯の女性は広沢由美、二十五歳。投稿者時代の昼田ユキは知らない世代だ。
「早速、仕事に入ってもらおうか」
ペンタブレットを使っての作画作業は、ふたりとも慣れているようだ。
仕事場中央にはデスクをくっつけて「島」が作られている。もうひとつ、壁際にも机が置かれているが、少し離れているように思えた。
島には昼田ユキとふたりのアシスタントが陣取り、壁際の机には毛受が使うことになるという。
座ると皆に背を向ける配置になる。
その「距離感」を見て、毛受は多少の引っかかりを覚えた。
この頃はもう、液晶ペンタブレットですべての作画作業をこなすようになっていた。
液晶画面に直接描くことができ、紙に描くのと同様の感覚で直感的に描ける。
数をこなすことによって、洗練されていった。
彼女の線はシンプルな中にも、色気のようなものが感じられる。
年が明けると、いよいよ『ばら色の人生』の連載が始まる。
アイデア出しの会議を行い、ネームを切って編集者に見せ、書き直すべきところを直してOKが出たら、作画作業に入る。キャラクターと大まかな背景は昼田ユキ自身が描き、アシスタントに背景の詳細を描いてもらって完成原稿にする。
スケジュールの遅延やアクシデントに備え、ある程度のストックを作る必要がある。
締め切りは発行二週間前の月曜日に設定されているが、カラーページや表紙になるようなら、一週間繰り上がって三週間前の月曜日入稿になる。
「週刊少年スター」の発売日は月曜日なので、この時点で考えたスケジュールは、週の火水木でアイデアを考えてネームを切り、編集のOKをもらってから金土日に作画、月曜は原稿を提出したら休み、というものだった。
「うまくいくかしら」
みゆきはぽつりと言った。
心配事はスケジュールよりお金のことだと、毛受は察しがついた。
当たり前のことだが、アシスタントを常雇いにしたら、定期的に給料を払わなければならない。しかし、掲載から原稿料の支払いまでにはタイムラグがある。その間(かん)は、手持ちの金でやっていくしかない。日々の暮らしに伴う出費、それに家賃や公共料金なんかを払えば、原稿料は右から左へ抜けてしまう。アシスタントの給料は、持ち出しだ。
連載がある程度進んで単行本が出れば印税が入るが、それはもっと先の話なのだ。そこまで、やりくりを続けられるのか。
「ちょっと出かけてくる」
席を外して、コンビニのATMに行った。
「……これ」
毛受はみゆきへ、銀行の封筒を差し出した。
「差し出がましいようだけど、アシさんの給料に使って」
そういって莞爾と笑った。
「お金のことは、ちゃんとしなきゃダメだよ」
また「例の貯金」に手をつけてしまったが……。
十二月はマンガ家にとって忙しい月だ。
「年末進行」といって雑誌掲載の締切が早まるのだが、それに加えて、冬のコミケに同人誌を出すマンガ家は、中旬くらいまでにその原稿を仕上げなけれならない。
新連載が始まるのは年明けからになるが、不測の事態に備えて何話かは余分に進めておかなければならない。
さらに、一仕事が待っている。
年末開催のコミケで同人誌を出すのだ。
コミケで同人誌を売れば、ある程度の現金収入が入る。それは、現在の昼田ユキにとって、のどから手が出るほど欲しい金なのだ。
年末。今年最後の「週刊少年スター」が発売された。
しのはら黎の連載第一回が掲載されている号だ。
巻頭カラーで、なんと、スポーツものである。高校を舞台にしたサッカーマンガだ。
絵柄も少年マンガに寄せているし、敢えて王道を行こうとする雰囲気がひしひしと伝わってくる。
「しかし大胆だね。少年スターでサッカーマンガと言えば、大ヒットした作品があるじゃないか。それと比べられることを厭わないのかな」
「安定してるね」
「やっぱり、ベテランだけはある」
アシスタントはそう感想を口にした。彼女はページを繰っていたが、なにも言わなかった。
年の瀬も押し迫った時期、東京ビッグサイトでは恒例の「コミックマーケット」が開催された。
昼田ユキは最終日にブースを取っていた。大晦日だ。毛受も手伝うことになっていた。
「夏冬のコミケはサークル参加して、薄くてもいいから本を出した方がいい」とアドバイスしていたので、スペースを申し込んだら、受かっていた。
彼女のブースは、壁際に配置されていた。
たくさんの客が来ると予想されるサークルは、客を捌きやすいように、会場内に机を並べた「島」ではなく、壁際に並べられた机のスペースがあてがわれられるのだ。「壁サークル」は参加者にとってのステータスである。
「離婚していなかったら、参加できなかった。年末年始は忙しいから」
昼田ユキは言った。
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