第28話 連載決定


「稲垣さんから電話があった。会議が終わったって……連載、決まりそう」

「やった」

 昼田ユキから連絡が入ったのは、夕方だった。

アプリに読み切りで掲載した『ばら色の人生』が、アンケートでトップを取っていたのだ。編集部にとっては予想外の票の開きで、無視できなかったようだ。

「いよいよ、すごいことになってきたな」


 夜になって彼女のところを訪ねた。詳細を聞いてみると。今回は、新連載枠がひとつ多いという。

 ずっと「週刊少年スター」を舞台にマンガを描いてきたベテランマンガ家がいた。

 昨年連載が終わり、次期連載も同誌に連載する予定だったが、詳細は分からないが、雑誌を移籍して、次期連載はライバル雑誌に描くことになったのだ。

 結果として、椅子がひとつ開いたのだ。そこを目指して新人たちは椅子取りゲームをするのだ。

 二週連続がインターバルを挟んで、二回あるわけだ。

「すごいな、ついに週刊連載か」

 毛受の賞賛の言葉に、みゆきは少し物憂げな表情で微笑んだ。

 なにか言いたそうだ。

「それが」

「どうしたの?」

「一緒に連載を始めるのが、しのはら黎さんなんだって」

「ええっ!」

「二週連続。しのはらさんが先。わたしが後」

 週刊マンガ雑誌は、三,四週続けて新連載が始まるのが普通だ。彼女だけではないとは知っていたが


「それにしても」

 しのはら黎のような、ずっと違ったフィールドで活躍しているビッグネームが連載を始めるなんて、意外だった。

創刊当初から自前主義の強い「週刊少年スター」では異例中の異例、ともいえた。

 それに、もし人気が出ずに短期間で打ち切りになったら、彼女の名声に傷がつくかもしれない。

 どうしてこんなリスキーな賭けを……。

「過去に例がないわけじゃない。萩尾望都が『百億の昼と千億の夜』を「週刊少年チャンピオン」に連載したことがあるけど、ずっと前の話だ、近年ではちょっとないかもな」

 みゆきはいった。

「でも、だいじょうぶかな」

「最近は、適宜休載を挟むようにしてる、って話も聞くな。マンガ家の負担軽減と、連載作品を増やせるメリットもあるから」

「この世界も働き方改革、ってわけね」


 しかし――。

 この展開、懸念もないではなかった。

 彼女のマンガに、「週刊少年マンガ誌」という器はそぐわないのではないか?

 シリーズや各話の構成を考え、毎週1本原稿を上げて、アンケートに追いまくられる「戦場」へ叩き込まれる。もう若くはない彼女が、耐えられるのか。

そんな危惧も、頭をよぎったが、とまれ、連載の準備をせねばならない。

借りた家では狭すぎて、アシスタントを入れての仕事は出来ない。別に仕事部屋を借りる必要があった。

 編集者はいった。

「自宅や仕事場を借りるときは、オートロックのマンションにして下さい。おかしなファンがやってくることがよくありますからね」

 しかし、この田端界隈が山手線沿線では家賃低めであるとは言え、この条件で安い物件は少ない。

「ここなんか、いいんじゃないですか?」

 明治通りの交差点近くに良さそうな物件を見つけたが、彼女は契約を渋った。

「予算は?」

「……」

「どうしたの」

「お金が無い」

 ばつ悪そうに告白した。

「ずっと働いていて、かい?」

 毛受はつい、訊ねてしまった。

「家のローンはわたしも払っていたし、それに加えて、不妊治療にかなりの出費をしてしまった。あと一回、あと一回、今度こそ……で、貯金もほとんどはたいてしまった。

 体外受精は一回百万円近くかかるし、保険もきかない。ある程度の公的な助成金は出るけど、それでも全額リカバリーは出来ない。

 焦っているうち、妊娠するために生活習慣と体質を改善するって触れ込みのセミナーに引っかかった。熱心に勧誘したのが夫の親戚だから、断り切れなくて……サプリメントや健康食品をいろいろ売りつけられて安くない金を払わされたけど、なんの効果もなかった。勤め人時代に作った貯金は、すっからかん」

「離婚の慰謝料はもらえないのか」

「わたしのわがままで言い出した離婚だもの。もらえるはずがない」

「そうか」

 毛受はしばらく黙って聞いてから、口を開いた。

「おれが出すよ」

「例の貯金」がまだ残っていたので、それを切り崩すことにしたのだ。

「ありがとう」

 部屋を借りて不動産屋に敷金礼金仲介料、火災保険料を支払い、什器やパソコン、ペンタブレットなどを買いそろえると、百万円以上が出ていった。

 その大半は、毛受が負担することになった。

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