第27話
「……秋も深まってまいりましたねえ」
夕食をとりになんとなく入ったラーメン屋では、FM放送がかかっていた。カウンターに座ると、女性パーソナリティのしゃべりが厨房の奥から流れてくる。
毛受からラジオを聞く習慣がなくなってから、ずいぶん経つ。
ご多分に漏れず、毛受は高校生の頃、深夜放送にはまっていた。布団の中にラジオを持ち込み、つい噴き出してしまって、親に怒られたこともしばしばだ。
しかし大学に合格した春、お気に入りの番組がいくつか同時に終了してしまったのを境に、深夜放送を聞く習慣はなくなってしまった。だがそれでも時折なんとなくラジオの電源をつけ、音楽やトークに耳を傾けることはあった。
九〇年代にCDが普及して、かつては音楽を中心に流していたFM放送が、AMのようにディスクジョッキーの話術やリスナーの投稿を押し出すようになっていた。音楽でなく、パーソナリティの饒舌なしゃべりを一方的に聞かされるのが、いつしか鬱陶しくなっていたのだ。
無遠慮な知り合いが、のべつ話しかけられてくるようで、落ち着かない。
「テレビと違って、ラジオは肉声が直に話しかけてくるようでいい」という感想を聞くことがある。毛受の場合は、かつてそれに惹かれ、いつしか逆に働いたのだろう。
FM局のサウンドロゴに続いてそんなしゃべりが流れてきたときも、すこし耳障りだな、と思った。
音楽を聴こうとイヤホンをはめようとしたとき、ディスクジョッキーが昼田ユキの話を始めたのだ。
「最近、はまっているものの話をしましょう。わたしの最近のお気に入りは、昼田ユキさんのマンガです」
「……!」
「偶然ネットで評判を聞きまして、早速読んでみました。びっくりしました」
「以前雑誌でマンガを描かれていて、再デビューされたようなのですが、ブランクを感じさせない。すごい新鮮なんです。みなさんも読んでみて下さい」
感動でしばらく動けなかった。
ふたりで始めたささやかなプロジェクトが、ここまで届いていたのか……。
さらにプロジェクトは、思いもかけない方向に発展するようになったのだ。
ある全国紙の文化部記者から取材の申し込みがあった。
その記者はやはりかつての「オンサイド」の読者で、毛受とはSNSで交流する関係だった。
マンガ、アニメなどオタク記事に強いという評判のある記者で、SNSで友達申請があったときは、すこし驚いたものだった。
その後は業界人の忘年会などで顔を合わせる仲だったが、最近は仕事が忙しいのか、疎遠になっていた。
しかし、SNSで今回のいきさつを少し書いたら、彼の方から新聞社として取材を申し込んできたのである。
「どうもどうも」
「お久しぶりです」
「はじめまして。あの昼田ユキさんと会えるとは、光栄です」
それから新聞社の応接室で、一時間くらい取材を受け、写真を撮られた。
しばらくして。
駅のスタンドで買ってきた夕刊を拡げると、その記事は真っ先に目に飛び込んできた。
「大きく載ってるよ、こんなに」
テレビ欄の裏にある見開きの、第二社会面でいちばん大きい記事だった。この日は重大なニュースのない日だったことも大きいが。
『伝説ふたたび 四十五歳の再挑戦』
そんな見出しが踊っている。ネット記事でない、紙面で見るとさらに印象が強烈だ。
記事の内容は、おおまかこんな雰囲気だった。
投稿に熱中して、マンガを描いた学生時代。いったんは「卒業」したが、日々の暮らしにかまけるうちに忘れていた。しかしあるとき、そんな日常に物足りなさを感じてマンガ家へ再挑戦。年齢を感じることもあるが、どうにかここまでたどり着くことが出来た。
編集者へのインタビューも載っていて、
「面白い。最近の若いマンガ家にはない感覚がある」
読んでいてすこし面映ゆい感じもした。
懐かしさだけだとも思えない。やはり、昼田ユキの存在はジャーナリスティックな関心も引き寄せるのか。
じっさい、昼田ユキのマンガは、SNSを中心に、次第に口コミが多くなっていった。
サイトに無料公開したのを、投稿者時代を知っていたマンガ家がSNS話題にしたのが始まりだった。
「今の時代に彼女のマンガが読めるのは感激」
「レジェンドが復活した」
同世代には、ある種の懐かしさを持って反応したようだ。
しかし、それだけではなかった。
かつての読者とは違った層の、新しい読者をしっかりとつかんでいたのだ。
プリントアウトした原作をもとに、彼女はネームを描き上げた。
「稲垣さんに見せてみよう」
スキャンして、その画像を稲垣にメールした。
次に編集部に行く日。
「ほう」
興味深げに読んだ。
「いいですね……じつはそろそろ、昼田さんの作品を連載陣に入れてみたいと思いまして、企画を作ってくれませんか。それを今度の編集会議にかけてみます」
編集会議は次の連載作品を決めるのと同時に、雑誌ぜんたいの方向性を決める会議だ。担当編集だけでなく、編集長や営業も交えて行われる。
百万部以上売れる雑誌の舵取りをしなければならない。
通常三つ程度の連載枠に、その十倍以上の候補作が寄せられる。無論どれも担当編集のお眼鏡にかなったものだから、その選考も熾烈になるのだ。
「三話まで、ネームを切って欲しい」
キャラクター表と、三話までのネーム。それを会議に提出する。
一話は三十~四十五ページ、二話、三話は十六~二十ページが目安だ。
それまでに作品世界のセールスポイントを見せ、キャラクターに魅力を感じさせなければいけない。
キャラ表もただ並べるわけではなく、どんなキャラか、どんな魅力があるかをアピールする。いろんな表情、キャラが口にしそうな台詞なども盛り込み、マンガの中でどのような活躍をするか想像出来るように描かなくてはいけない。
読ませて貰ったところ、公開コンペの作品よりも発展しているようだ。
「うまくいきそうだ」
毛受はひとりごちた。
「こんなアイデアはどうだ」
話し合いながら、いろいろなアイデアを付け足した。
ネームはどんどん進んでいった。
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