第22話

 毛受の住んでいるアパートは、北区の田端新町にあった。京浜東北線と、宇都宮線に挟まれた地域。最寄り駅は田端ということになっているが、宇都宮線の尾久駅にもほど近い。

 地味であるが、交通至便なところである。

 田端の駅までは、歩いて一〇分くらいのところにある。

 田端駅はJR山手線と京浜東北線が併走する区間でいちばん北にある。

 山手線の沿線ではいちばん地味な駅であるが、その理由のひとつとして、この駅の近辺には、商店街と言えるものがないことがある。

 ぽつぽつと言い訳しながら歩く

「狭くて散らかってるがら、申し訳ないけど……」

「構わない」

 田端の駅を出て、右に曲がって、田端大橋にさしかかる。JRの線路をまたぐ陸橋だ。

 陸橋を渡ってゆく。頭上を新幹線の高架がまたぎ、眼下に何本もの線路が敷かれ、山手線や京浜東北線の電車が行き交う。

 パンタグラフから火花をあげて行き過ぎていった

 歩きながら、語りかける。

「ここには、日本一小さな映画館があるんだよ」

「そうなの」

「いわゆるミニシアターというか、商業ベースに載りにくい映画が主だけど、アレもやってたな」

 何年か前、評判になったアニメ映画の名前を挙げた。

さらに歩いて、京浜東北線とはすこし離れたところを通っている宇都宮線の踏切を渡って、毛受の家にたどり着いた。

「ここだよ」

 毛受の家は、アパートの二階にあった。六畳相当の洋間にダイニングキッチンが付いた1DK。家賃は六万。山手線の駅に徒歩で行ける地域の賃貸物件としては、破格の値段だと思うが、日当たりはあまりよくない。

 しかし、この年になっても学生アパートに毛の生えたようなところに住んでいるのは、威張れたことではない。しかし、自分の年齢と収入を考えると、いまさらローンを組んで家を建てられるわけでもないが。そんなことは、一生縁がないと思わなければならないのだろう。

 本と、趣味のグッズが並び、さほど広くない部屋をいっそう狭くしている。

「恥ずかしいな……」

「結構趣味のいい部屋じゃない」

「またぁ」

 毛受は苦笑した。

「この辺じゃ破格に安いけど、引っ越してきて、その理由が分かった。部屋が歪んでた」

「ええっ」

「ものが転がるほど傾いてはいないが、家具を置いたとき、ちょっと傾いていることに気がついた。普段の生活に支障はないけど、気になるのは、大地震が来たときだけだ。家具を固定する突っ張り棒が設置できないので、倒れて下敷きになるかも知れない」

洋間に万年床にしてあった布団をどかして、座れるところを作った。

「おなかすいた? なんか、作ろうか」

台所へ立ち、冷蔵庫を開けた。

毛受は食費節約としての自炊には慣れていた。

 料理好きの男性というと、材料費や手間に糸目を付けず、やたらに凝ったものを作る印象があるが、毛受の場合は逆だった。

 それは、長いことのひとり暮らし、フリーランス稼業が影響していた。

 外食で余分な金は使いたくないし、いちいち店を選ぶのも面倒くさいので、必然的に家で作るようになったのだ。

 その中で、手を抜きながらバリエーションをつける、いくつかのコツのようなものを会得した。

 たとえば、冬場は鍋物を作る。土鍋ではなく、大きなアルミ鍋に作り、寄せ鍋として作ってから、余ったものにキムチを入れたりして味に変化をつけ、締めはおじやかうどんを入れる。これで三,四食は保つのだ。

 さて、何が作れるか。台所を見渡してみる。

 じゃがいもが入った段ボール箱が、流しの下に置かれている。会社が「ボーナスの代わりに」と、一箱送ってきたものだ。ひとり暮らしでは毎日食べても持て余し、みゆきにあげようかとも思っていたところだった。

ほかには玉ねぎ、にんじんが籠の中に。冷蔵庫には豚コマを小分けして冷凍してあったのが残っていた。

(これは、肉じゃが一択だな)

 段ボール箱からジャガイモを取りだし、皮を剥いた。

 肉厚の鍋で肉とタマネギを炒め、ジャガイモとにんじんを入れる。砂糖をひと匙、めんつゆをかけて煮込む。ジャガイモに火が通ったら、出来上がり。

 近所のコンビニに、お酒を買いに行っていたみゆきが帰ってきた。

皿に盛り付けて食卓に出すと、

 みゆきはジャガイモをぱくりと口に入れると、神妙な顔をしてもぐもぐ、と咀嚼した。

「どう?」

「……ん、微妙」

「はっきり言うね」

「味が単調。市販のめんつゆしか使ってないでしょ」

「そうだよ。レシピサイトに書いてあったから」

「あんなのはダメよ」

 頭ごなしに言われて、ちょっと、かちんときた。

「作り直し。と言いたいけど、気持ちに免じて、許してあげる」

「これから勉強するよ」

 苦笑して答えた。

 毛受も発泡酒の缶に手を伸ばす。普段は飲まない酒を付き合うことにした。

 みゆきは、酒を飲みながら皿に盛った肉じゃがを平らげた。

「ごちそうさま。また作ってね」

 みゆきはほほえんだ。

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