第20話 真相
原作や、ネームを挟んでの話し合いに、毎日遅くまで付き合った。目標に向かって前進している感覚があった。
アイデアも次々に出てきた。
たとえば、こんなアイデアだ。
小鳥遊(たかなし)玲子は女子高生である。
ある日、転校してきた少女。玲子の隣に座って、いった。
「わたし、先日助けていただいた、子犬です」
「ルンバです」
「鉢植えです」
女の子はどんどん増えていく。やがて部屋一杯になって……。
この作品も、アプリに載った。
アンケート結果は、あまりよくなかった。
「次があります」
「ニュースターキラキラ賞」は逃したものの、SNSなどでじわじわと話題になり、プロジェクトは順調そうに見えた。
しかし、そのしわ寄せは確実に来ていたのだ。
原作を書き上げ、それをみゆきにメールし、ネームを切ってもらった。
ネームを読んでいろいろと意見を聞いて、もういちど原作を作り直す。
それをさらに、ネームに落としていく。
一応の完成を見たところで、編集者にメールして判断を仰ぐ。GOサインが出れば、ペン入れして完成原稿にする。
「いいんじゃないか」
稲垣に見せると、反応は悪くなかった。
「今月いっぱいまで、三話までの完成原稿を作って下さい。それを編集会議にかけて、連載するかを決定します」
その日、毛受は夜中まで原作を書いた。
熱が入っていく。
気がついたら、朝になっていた
それをもとに、ネームを切って打ち合わせをする。
昼田ユキは呻吟しつつ、とりあえずは順調に前に進んでいるように見えた。
ひるがえって、毛受である。
以前から微妙な空気を感じてはいたが、それからも、職場での居場所がなくなっていくことを感じていた。
あるとき、部長に不意に問われた。
「君は、この仕事が好きか?」
「……」
「好きとか、嫌いじゃなくて、仕事ですから」
そうとしか答えられなかった。
「……仕事なら、ちゃんとやってくれ」
そう言って去った。
課長が不機嫌な理由は分かる。
このところ、会社の状況があまりよくないことは知っていた。
オフィス清掃の契約がつぎつぎに終了している。さらに春からは、パチンコ屋の仕事がなくなった。
少し前から、パチンコ台の規制が厳しくなって、店の売り上げが減った。そのため、これまで外注していた清掃を従業員がやることになったのだ。
オフィスの清掃ではどうしても営業力で大手に負ける。そこで、パチンコ店の清掃請負を会社の「柱」と位置づけてきたので、これはかなりの痛手だった。
ほかの現場の応援に駆り出されることも減った。老健施設に行かないときは、本社で総務の手伝いをしていた。
心ここにあらず。それは周囲にも分かるのだろう。
以前は冗談を言ったり、一緒に食事に行ったりした同僚も、よそよそしい振る舞いになった。
オフィスで毛受に向かって投げかけられる言葉は、もっぱら仕事の指示に関することだけになりそうでなければ、文句か、嫌味だ。
定時になると、皆の白い目をよそに、そそくさと帰る。空気に耐えられないからだ。
引けた後は「ファットキャット」に寄って、持参のノートPCに向かい合った。
そして閉店までプロットを書きまくる。
寝不足でふらふらしながら職場へ行った。
そして、一月ほど経ったある朝。本社に出社して事務仕事をしていたとき、部長と取締役が声をかけてきた。
「話があるので、会議室へ」
いい話ではないだろうということは、察しがついた。
ふたりと差し向かいに座ると、部長は口を開いた。新聞に載っていたような、近年の日本経済状況の話から始まった。景気は回復しているように見えるけど、コストカットの圧力が厳しい上に、人手不足で現場がうまく回らないこと、現場の新規契約が取れなかったという話になり、来期の売り上げ目標達成が微妙なところだ、などといった前置きの話をしばらく続けたあと、
「……そういうわけで、経営改革の一環として、人事に手をつけることにした。申し訳ないが、きみとは契約を更新しないことにした。今月いっぱいということで、了解して欲しい」
「わかりました」
そんな予感はしていたし、迷惑をかけていた自覚もあるので、受け入れることにした。引き継ぎを行い、あとは残務整理をするだけだ。
「今月いっぱいだけど、有休は消化していいよ」
部長は言った。余った有休を頭の中で計算してみる。となると今週末が、最後の出社の日になる。
残りの日々は、淡々と過ごした。
出社最後の日の夕方。私物の片付けをしていると、部長に声をかけられた。
「このあとどうだ。メシでも食わないか。送別会だよ」
「ありがとうございます」
「きみは、酒が飲めないんだったな」
「すこしくらいなら、付き合います」
「じゃあ、腹に溜まるもののほうがいいかな」
近くのステーキ屋に入り、ウェイトレスに「スペシャルステーキふたつ」と注文したあと、毛受に向き直って、いった。
「これからどうするんだ? つぎの就職の当てはあるのか」
クビにしておいてその台詞を言うか、と心の中でツッコミを入れたが、表向きは平静に答えた。
「まだ決まっていません」
「そうか」
部長はいった。
「この業界、横のつながりみたいなものも、それなりにあってな。同業の会社をいくつか知ってるから、きみさえよければ紹介してあげてもいい。どうやら、うちには合わなかったところもあったみたいだけど、環境が変われば、活躍できるんじゃないかな。せっかくきみも、学校行っていろいろ習ったんだろう?」
それはどうも本心らしい。
「しばらく考えてみますので。その気になったら連絡します」
無論、社交辞令だ。
しかし、部長は心配そうな口調で告げた。
「だいじょうぶなのか」
「暮らしていけるかどうかは、ぼくが決めることです」
「……それは、そうだが」
フォークを握ったまま、部長はすこし、絶句したように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます