第19話
週刊少年マンガ雑誌というのは、売り上げ至上主義のように見えて、意外に懐の深いところがある。
現在、反戦マンガの代名詞とされているあの作品も、連載開始は少年誌だった。世界的にカルトな人気を博しているあの作家も、デビューしてしばらくは少年誌をフィールドにしていたのだ。
売れれば、売れる可能性があれば、なんでもあり。世間の顰蹙を買おうが、褒められようが、突進あるのみ。それが少年マンガだ。
「連載、出来るのかな」
話し合っていると、連絡が来た。
「編集部に来て下さい」
そして、出迎えた稲垣は言った。
「編集長が、昼田先生にご挨拶したいと言っておりまして……」
編集部に通されると、腕まくりをした中年男性が奥のデスクに腰掛けていた。酒焼けした赤ら顔で、現場監督のような雰囲気だ。
「どうも」
「はじめまして」
このひとがいまの「週刊少年スター」の編集長か。
たしかに、エネルギッシュな雰囲気を漂わせているが、自分とさして変わらない年頃だろう。改めて、毛受は自分が身につけられなかったもの。失ったものの大きさを思ってしまう。
紙巻き煙草をポケットから取り出し、火をつける。
「きみら、ずっとコンビでやってるの?」
「まあ、そんなところです」
「今回の企画では、あなたがたは好結果を出してくれた、と言うことで、次のフェイズに入りたいんだ。連載を前提として企画を立てて欲しい」
「連載ですか」
編集長はうなずいた。
そして、みゆきに向かって、言った。
「あなた、新人だろ?」
「そうですが」
「おれは古い人間だから、プロ野球で例えちゃうけどさ」
そういって灰皿に押しつけた。
「アマチュアの超一流選手が毎年何十人もドラフト指名されてプロ野球に入ってくるけど、みんなアマチュアの世界ではお山の大将なんだ。我こそはと自信満々で入ってくるけど、ほとんどの選手は鼻っ柱をへし折られて、それからプロ野球選手としての人生が始まる」
「新人のうちから、コーナーを突いたり、緩急の差で打ち取るピッチングとか、バントの名手なんて目指してたらダメだよ。プロでそう呼ばれてた選手だって、プロ入りする前は、みんなエースで四番の、お山の大将だったんだから。
プロになりたければ正面から壁をぶち抜けよ。一六〇キロの速球を投げろよ。一六〇キロの速球をフルスイングで打ち返して、バックスクリーンを越える場外ホームランを打てよ。そうでなくては、ひしめく猛者の群れに割って入ることは、出来やしないんだ」
毛受は、その言葉に聞き覚えがあった。
そして、思い出した。
むかし、ある作家が言っていたことだったが、どこかで聞きかじって、心に残っていたのだ。
編集長は最後に言った。
「うちにほしいのは、そんなマンガだからね。期待してますよ」
「ありがとうございます」
「じゃ」
社屋を出て、飯田橋の駅でみゆきと分かれた帰り道で、毛受は考えた。
編集長の言葉は、励ましだったのか。
それとも、見切りをつけろと遠回しに言ったのか。
彼女はまだ、一六〇キロの速球を投げられるのか。ホームランを打てるのか――
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