第17話

 現実にはあり得ないと思っていた「夢」に、手が届きそうだと思えるようになったのは、どんなことがきっかけだろうか。

子供に将来の夢を訊けば、「スポーツ選手」「芸能人」「パイロット」。そんな答えが返ってくるだろう。

でもごく一部のひと以外は、「夢」は「夢」だと割り切って、「等身大の」もっと地味で、ありきたりの職業に就いていく。

当事者に、夢を成就させた答えを問うても「ただ諦めなかっただけ」「運がよかった」と謙遜するかも知れない。しかしそこには「自信」があるはずなのだ。

「自信が確信に変わった」

 甲子園で優勝しプロ入りした投手が、プロで初勝利を挙げたとき、ヒーローインタビューでそういったのを覚えている。

 根拠のない自信に、根拠が与えられるのはいつか。

 高校球児にとって「おれはプロ野球でも通用する」と思える瞬間はいつか。

 マウンドで全力投球をして、一六〇キロの剛速球を投げたときか。その剛速球を打ち返してスタンドにたたき込んだときなのか。

 少なくとも、かつての昼田ユキは、そこで尻込みした。

 恐らく容易で堅実であろう「普通の生活」を送ることを選んだ。しかしそれが得られないことを実感したとき、すでに中年の坂を下ろうとしていた。もう迷ってる暇はない、ということか。

 いい時間になって家を辞したとき、

「これからも、みゆきをよろしくおねがいします」

 賢一は頭を下げた。 


 その数日後。

 彼女は、一編のマンガのネームを見せてくれた。

「昨日切った。これを描き上げて、持ち込みをしようと思うの」

 こんな内容だった。


 真理子は女子高生。

 いつも校庭の裏手にある森で、ひとりでお昼の弁当を食べているのだが、ある日、不思議な少女に声を掛けられる。

 この学校の生徒ではない彼女は、トネリコの精霊だと名乗った。

アッシュと名付けた。

 アッシュと話しているところを、同級生の高槻ゆうに見られてしまう。

真理子が消えた後、アッシュは高槻ゆうに会った。彼女はアッシュの姿が見えるのだ。

そして肉体を与えるのだった。


この作品は描き上げられ、ウェブに掲載された。

すると、数日して、SNSに反応があったのだ。

「読ませていただきました。ちょっとお話が聞きたい」

「週刊少年スター」公式アカウントからのダイレクトメッセージだった。

 彼は輝星社の編集者、稲垣悟と名乗った。

「はじめまして。わたし『週刊少年スター』の編集部の稲垣です」

「えっ」

「週刊少年スター」といえば、少年マンガ雑誌の代名詞のような存在だ。「国民的」いや「世界的」なヒット作がこのマンガ雑誌から次々に生まれ出て、最盛期には数百万部もの発行部数を誇った。

 その秘訣は、徹底したアンケートシステムにあるとされる。スタートダッシュに失敗した新連載や、かつて人気を誇った連載作品でも、アンケートの結果が悪けれ容赦なく打ち切りに遭い、逆に人気作品は際限なく引き延ばされる。きれいなところで終わらせるつもりが引き延ばされ、決着がつけられず中絶した「名作マンガ」も多いのだ。


そこの公式アカウントからのものだ。まさか、なりすましではないだろう。

「いちど編集部にいらしてください」

「本気にして……いいんだよね?」

 毛受とみゆきは、顔を見合わせあった。

「やったぁ」

 そして手を取り合った。

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