第14話

 一方昼田ユキも、産みの苦しみに遭遇しているようだった。

 コミッティーで好感触のあった編集部に持ち込みに行ったところ、編集者には、こんなことを言われたそうだ。

「昼田さんねえ、あなた、もう若くないんですから、年なりのマンガを描いた方がいいんじゃないですか」

「年なり?」

「年齢相応の作品ですよ」

 彼女より年下の女性編集者の言葉が、印象に残っていた、という。

「ファンタジーとか学園ものをバリバリ描いてた方も、あなたくらいの年になれば、日常ネタのエッセイマンガを描くようになる。描き続けてネタが枯渇したわけじゃないんです。人生経験をマンガに込めたくなる。等身大の話を描きたくなるものなのです。あなたも、主婦ネタとか、家事のあるあるネタを、四コマにまとめるんですよ。そういうほうがいいです、絶対に」

 といったことを、彼女は話したという。

「……ふむ」

「そんなことを言われたので、主婦ネタでネームを切ってみたんだけど」

「それが、これ?」 

 一通り読んでみる。たしかに、日常ネタのマンガとしては、こんなものだろう。雑誌によく載っているレベルだと思った。

「悪くないんじゃない? 

 数日後。ペン入れをして、完成したものを見せてもらうと、毛受は微妙な表情になった。

「うーん、どうかな」

「……」

「なんというか、線が死んでる。躍動してない」

「やっぱり」

 得心したような表情をした。

「描きたいものを描きなよ」

「……そうかも」

 破棄して、あらたなコンテを描き上げた。

 出来上がってから、毛受は一読して、OKサインを出す。

「こっちのほうがいいんよ、絶対」

「でしょ?」

 彼女は我が意を得たり、という表情をした。


 メッセージのやりとりをして

「ヤングドンドンはどうだった?」

「いまいちだった」

 編集部にネームを持ち込んでも、芳しい反応はないようだった。

「やっぱり、年齢がネックなのかしら」

「それは言わないお約束だろ」

 結果が出ずに、彼女も弱気になっているようだ。

「ここだけじゃないんだ。いざとなったら、ネットや同人誌で発表し続ければいい。それでプロになったひとも、いっぱいいる」

「……そうね」

 表情にも精彩を欠き、元気がないようだ。

 何日も根を詰めてマンガを描いていて、疲労は相当なものだろう。それに加えて、パートや家事がある。

 マンガだけに専念出来る環境が欲しい。

 いろいろ考えた末、彼女はパートを辞めることにした。

「こちらとしちゃ痛いけど、仕方がないか」

「ごめんなさい。でも、中途半端なことじゃいけないと思ったの」

「きみの好きにすればいい……そもそも、焚きつけたのはおれだしね」


 さらに、ある日。

「業界に顔が利く」という男が、みゆきにSNSでダイレクトメッセージをよこしてきたそうだ。

 その手の仕事をしているのは事実なようなので、一回、会ってみることにした。

 銀座の喫茶店で待ち合わせた男は、調子よくいろんな話をする。

「いやー、彼は昔からの友人でしてね」

 いろいろと業界の有名人の名前を挙げたり、有名な出版社の仕事を請け負ったようなことを口に出すが、どうも信用がおけない。

のらりくらりとかわしていくと、どんどんあちらのペースに乗せようとする。あまつさえ、かなり強引に押してくるのだ。

「一回任せてみてくださいよ。悪いようにはなりませんから」

結局、口車に乗って原稿を預けたが、それからぱったり沙汰止みになってしまった。

「どうだった」

「連絡も取れない」

 あちらに原稿を預けている以上、勝手に発表するわけにも行かない。結局、諦めるしかなさそうだった。

 毛受は言った。

「やっぱりさ」

「あいだにひとが入っていいことはないんだよ。どちらの顔も立てなきゃいけないし、面倒くさくなるばかり」 

それは毛受が経験したことでもあった。

以前、就職活動をしていたときだ。

求人広告を見てある会社に応募したところ、書類審査を突破して、一次面接の時は雇ってくれそうな口ぶりだったが、二次面接のとき、この前はいなかった人物が同席してきた。

どんな人物か訊ねたら「転職コーディネータ」だという。

「この仕事でこの値段なら、ちょっと安すぎるなあ。交渉して、あんたの取り分も多くなるよう掛け合ってあげよう」

 それで、いったんは決まりかかった話が白紙に戻った。

しかしそれから、件のコーディネータからの連絡はなかった。その話はどうなったかわからない。

 あのときの経験を生かせばよかった。毛受は苦い思いをした。


「ストーリーなんだけどさ、あなたも、考えてくれない?」

「いいの?」

「ふたり分の知恵があれば、なんとかなるかも」

「分かった」


 次のシフトの日。毛受はプリントアウトした紙の束を、クリアファイルから取り出した。

 本格ファンタジーだ。

 みどりの森に住むエルフが、旅人に出会う。外の世界を知っていくという話。

「昔から考えていたんだよ」

「うーん、ちょっと子供向けすぎるかな」

「じゃあ、こっちは?」

 別のアイデアを出した。

 隕石と共に落ちてきた宇宙人を、偶然見つけた少女。じつは彼女は魔族の末裔で、並行世界の彼女も交えた大騒ぎが始まる……

「ちょっと前に流行ったラノベみたい」

「へえ、知ってるんだ」

「一応」

「じゃあ、これでいいかな」

 

 その日、みゆきから連絡があった。

「月刊ドンドンの編集会議、どうだった?」

「ダメみたい」

「そうか」

「キャラの食いつきが、いまいちだった、とか」

「なるほど」

「また読み切りから、始めないと」

「うーん」

「でも、つぎの増刊に載せてくれるかも知れないって。三十ページ」

「そっちに全力投球しよう」

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