第13話

 次のシフトの日。

 毛受はひとつの提案をした。

「こういうの、知ってますか」

 持参したノートPCを操作して、ウェブサイトを表示した。

「コミック×ライブラリー」というサイトである。

昔雑誌に掲載されたり、絶版になったコミックスなどが、マンガ家自身の手によってアップされている。

 閲覧は無料だが、マンガの横には広告が表示されていて、閲覧数に応じて、広告収入が入るようになっている。

 増加する一方の海賊版や不法ダウンロードに対抗するため、それに出版サイクルの速さのため入手困難になった作品を読めるようにするために立ち上げられたサイトで、著作権をクリアした状態で、絶版のコミックスが読めるようになっているのだ。

「ここに、掲載してもらおう。原稿はあるしね」」

 返却された原稿をスキャンし、画像ファイルにして、サイトにアップロードする。

 一部のマンガは、原稿がなくなっていたので、単行本を裁断して、両面を読み取れるスキャナーに掛けた。一頃流行った「自炊」と同じ要領だ。

 しばらくして。

 ネットを検索すると、SNSにアップしたマンガの感想がぽつぽつ上がってきている。

「懐かしいです!」

「感覚が古くなってない。ほんとに、二〇年前の作品なのかな?」

「昼田ユキ」の名前は、かつての「オンサイド」読者以外にも、じわじわと広まっているようなのだ。

 サイトにアップロードされた単行本データも、順調にアクセスが増えていった。

 再デビュー計画は、順調に思えた。


 昼田ユキがマンガ描きに力を入れるようになって、生活も変わってきた。

 マンガを描く時間が取れなくなってきたので、清掃のパートをやめることにしたのだ。

「長沼さんは、今月いっぱいで辞めさせていただきたいそうです。家の都合だそうです」

 部長に告げたとき、マンガを描いていることは言わなかった。

「そうか。またビラを撒かなきゃ、な。頼むよ」

「仕方ないですね」


 しかるに、こちらは、相も変わらぬ人手不足だ。

 抜けた長沼みゆきの穴はすぐには埋まらず、土日祝日も出勤する羽目になった。

その中で、鬱憤も溜まっていたようだ。

窪寺さんがなにかを書いている。見ると、お客さんに提出する書類だ。それはもう、自分が書いた。

「窪寺さん、それはもう書きました」

「書き直してるのよ」

 窪寺さんは、こちらに顔を向けずに言った。

「あんなに汚い字のもの、お客さんに見せるの?」

 ゴミ箱には、破り捨てられた書類が捨てられていた。

 それを見た途端、頭に血が上ったが、どうにか冷静さを保って仕事に入った。

 どうやら、窪寺さんの鬱憤のはけ口が向いているのは、自分のようだ。

 しかし帰りしな、窪寺さんは言った。

「あなたのごひいきの子は、すぐやめるのね。ひとを見る目がないんじゃない?」

「……あなた」

 頭に浮かんだ言葉を口に出そうとして、つぐんだ。


 仕事中のくさくさする気分も、昼田ユキとマンガのことを考えていれば、晴れるのだ。

 メッセージを受け取った。

「できた」

帰宅してPCを立ち上げ、クラウドにアクセスすると、原稿ファイルが入っていた。

 ペンタブレットの扱いにもなれてきたようで、そちらに切り替えてペン入れも行っているようだ。

 程なくして、原稿は完全デジタルで作成するようになった。


 部長と話をして、ぽろりと言われたことがある。

「……もったいないなあ」

 部長は言った。

「きみはせっかく訓練校に行って、技術も持ってるんだし、うちみたいな小さな会社じゃ、もったいないんじゃないか」

「どういう意味ですか?」

「いやね……きみには、もっといい職場があるような気がするんだ」

 毛受にはその言葉の真意がすぐに分かった。

「それ、辞めろってことですか」

「……そうじゃないよ」

 部長は話を打ち切った。


 その数日前。

 部屋を掃除していたら、大学生時代、アルバイトをしていた会社の給料明細書が出てきたのだ。

(今より、もらっているじゃないか)

額面金額は同じくらいだが、当時より社会保険料も消費税も上がっているため、自分が自由に使える金額は少なくなっている。

 成長できなかったのは、日本経済なのか、それとも自分なのか――


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