第8話 作戦会議
次の休みの日、長沼みゆきと毛受は、大井町の「ファットキャット」で会う約束をした。
「じゃあ、作戦会議といきますか」
毛受はふたつならんだコーヒーカップを眺めながら、いった。毛受はブラック、みゆきはミルクと砂糖が入っている。
「とりあえず、道具をそろえようか。パソコンは持ってる?」
「家にあるけど、旦那のものだから。自分専用のものを買わないといけないかな。どんなのがいい?」
「パソコンはウィンドウズ、マック、どちらでもいい。絵描きでマックにアドバンテージがあったのは、昔の話。今はソフトが進歩してるからね。本体はノートパソコンでも構わないけど、ディスプレイは外付けがあったほうがいい」
毛受は受け売りの知識を披露する。
「それと、パソコンで絵を描くには、ペンタブレットが必要だ」
ペンタブレットは、パソコンに接続する板状の入力機器である。ペン型のデバイスで表面をなぞって画像データを入力する。マウスより細かい動作が可能で、いまやイラスト描きの必需品である。かつてはただ「タブレット」と呼ばれていたが、板状のコンピュータとしてのタブレットが普及したので、こちらはそう呼ばれるようになった。
「まずは昔慣れていた方法、紙に描いてペン入れをして、スキャナで読み込みデータ化、仕上げはパソコンソフトで行うほうがいいかな。いまでは作業を一貫してパソコンで行うひとも多いけど、それは追々覚えていけばいい。まずは主流の方法と折り合いをつけること」
アナログ原稿を読み込ませるためのフラットベッドスキャナは毛受が持っていたので、提供することにした。デジタルデータが主流になって、使い道も減っていたのだ。
「じゃあ、いまからアキバへ行こうか」
「いまから?」
「京浜東北線で一本じゃないの」
そのまま駅に行って京浜東北線に乗る。
秋葉原の駅前にある家電量販店に行くことにした。通信販売よりも、直接実物を見た方がいいと思ったのだ。
ディスプレイにはドローイングソフトの画面が表示され、誰かが試し書きしたキャラクターの絵が残っている。
液晶画面に直接書き込める液晶ペンタブレット、略して液タブ。ペンタブレット。
液晶ディスプレイを寝かせて机の上に置いてあるようだ。あるいは大きなiPadにも見える。
「わたしが知ってるマンガ描きの現場と、ずいぶん違っちゃったね」
「今はもうデジタルが主流になっちゃったね。道具をそろえるなら、プロユースのものを買った方がいい。長い目で見れば、そちらの方が安上がりだ」
「今はこれで、絵を描くの? つけペンも、スクリーントーンも使わないのね」
「いや、使っているひともいる。展示用だ。最近はマンガ展をよくやる。そのとき展示される生原稿は、手描きでなくちゃ、様にならないからね」
「なるほど」
みゆきはタッチペンを握って、液晶ペンタブレットの上で動かす。自作のキャラクターをさらさらと描き上げる。
「さすがだ」
「こんなのでいいの……色とか、どうやってつけるの」
「オフィス系のソフトとは勝手が違う部分も大きいから、使いながら慣れていくしかないね。いまは動画サイトで、じっさいに作画する状況も見られるし」
毛受は店員を呼んだ。
「じゃあ、これとこれをください……で、いいよね?」
ノートパソコンとペンタブレットを買ったが、外付けディスプレイは買わなかった。置く場所がないと言われたからだ。
「パソコンもどこで作業しようか……家にわたしの部屋、ないのよね」
たしかに、それは盲点だった。しかし、普通の主婦なら「自分の部屋」がないのは、あり得ることだった。
「ダイニングでやるしかないかな」
「それが無難なところだろうね」
そのとき、毛受は彼女に訊きたかったことを問うた。
「ところで、どんなジャンルのマンガが描きたいの? やっぱり、昔描いてたようなやつ?」
「そうねえ……とりあえず、少女マンガ風で考えてる」
「ラブコメかな」
「それが無難かもね」
そこで毛受は言った。
「どう? おれが原作を書くってのは」
「いいの?」
「多少は今のことを知ってるからね」
「これ、少女マンガみたい」
「いまは萌え四コマ系に、少女マンガ出身のマンガ家さんが流れ込んでいるというしね」
「最近のマンガは、スマホのアプリでぽつぽつ読んでるけど……」
「研究熱心だな」
「プロ作家の現場は、観たことがあるんだ」
「ええ、何人か、マンガ家さんと文通してた。家に遊びに行ったこともあったから……」
「投稿してた頃?」
頷いた。
「しのはら黎さん」
名前を聞いて、ちょっと驚いた。二十年くらい前にデビューして、現在も第一線で活躍している少女マンガ家だった。いまはレディスコミックに活躍の場を移していたが、代表作はアニメやドラマにもなっていた。
「……そういえば、合作はがきが載ってたね」
「オンサイド」誌には、常連投稿者同士が合作をするイラスト
彼女としのはら黎も載せていたのを思い出した
「わたしのマンガを読んで、自分も描いてみたいなあって思ったって、手紙に書いてあった」
「マンガ家の生みの親か。すごいじゃないか」
「昔のことだもの」
みゆきは微妙な含み笑いをした。
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