第2話



 毛受が「オンサイド」に投稿を始めたのは、この頃から三〇年ほど前、高校生の頃だった。

 高校時代は、気が向いたときにはがきを出すくらいだったが、

 本格的に載りだしたのは、浪人だった頃である。予備校に通わず自宅浪人していたので、友人にも会えず、面白くもない毎日が続いていた。投稿するぐらいしか、楽しみがなかったのだ。

 どうにか大学に入ってからも、講義もそこそこに投稿に熱中した。

 毎号、自分がはがき投稿したネタは紙面を飾った。

コミケなどのイベントで常連さんと顔見知りになり、同人誌に参加させてもらうようになった。

 そして大学在学中に、投稿を通じて馴染みになった編集プロダクションに出入りし、細かい記事を書かせてもらうようになった。

宮口はそのとき毛受の知り合いだった編集者と結婚した。そのため、以前から、何度か顔を合わせる機会があった。

 四年生になり、就職活動を行う時期になった。

 人並みにセミナーを受けたり、就職活動をしたが、しかし、内定を得ることはできなかった。

 ちょうど、バブルが崩壊して、景気が急速に冷え込んだ時期だったのだ。大手の銀行や証券会社がいくつも潰れた。それまでは考えられなかったことだ。

 内定をゲットすることができるやつは、何十社にエントリーシートを送り、面接試験の対策もおさおさ怠らない。毛受のような中途半端な気持ちで活動していたものが、つけいる隙はない。

 結局、就職はしなかった。いや、出来なかった。

 学生時代の延長のように、ライターや編集の手伝いをして口に糊するようになった。

 それでも「堅気」になることを諦めたわけではなかったが、しかしこの時期から、正社員ではなく派遣社員、契約社員などの「非正規雇用」が当たり前になっていった。

 当時のマスコミなどでは、バブルの反省という意味合いだったのか、「会社人間」へのアンチテーゼである新しい生き方として「フリーター」をもてはやす向きもあった。そうして従来の枠組みにとらわれない生き方のひとびとが増えていくと、旧来の会社中心だった世の中が、変わっていくんだと思えた時期もあった。

 しかし、現実に起きたのは、椅子取りゲームの椅子が減ったことだけだった。初手で椅子に座れなかった人間が、その後の人生でリカバリすることが難しい構造は、変わらなかった。むしろ、より強化されたようだ。

 三十代にかけて低空飛行ながらライター仕事を続けていたが、世の中の雲行きは怪しくなっていった。

 ゼロ年代の半ばから、雑誌が売れなくなっていった。情報は紙媒体からネットで入手する時代になっていったのだ。

 業界はネットに活路を見いだしたが、仕事は徐々に減っていった。スタッフに年下が増え、継続していた注文が途絶えることが相次いだ。年上のライターに指示を出したりするのが、やりづらくなったようだ。

 しばらくはいろいろとあがいたが、結局、業界にいることに見切りをつけることにした。三年前のことだ。

 同じ頃、両親に呼ばれた。

「たまには顔を見せに来い」

 電話で父親は言った。

 いい年をしても、フリーランスの浮き草暮らしをしていることに、顔を合わせるたび散々文句を言われていた。今日もその話かと思っていたが、食事の最中、父はだまって、銀行の名前が入っている封筒を差し出した。

 数えてみると、百万円あった。

「おまえに、やろう」

「金には困ってないよ」

 そんなに、手元不如意に見えるのか。収入は低空飛行だけど、いまのところ家賃滞納も借金もしていないのに。

「まあ聞け」

 父は言った。

「おまえがまとまった金が必要になったとき、たとえば結婚とか、家を買うことになったら、援助してやろうと思って、ずっと貯めておいたカネがあった。それを分けることにした。おれはもう八十を過ぎてる。いつあっち(’’’)にいったっておかしくはない。そうなると、名義の書き換えやらなにやらで面倒になるだろう。それに、一年に百十万以上やると、贈与税を払わなくちゃいけなくなる。だから、今のうちに百万ずつ渡しておく」

 それから、正月になるたびに百万円をもらっていたが、五度目の正月に、父は言った。

「これが最後だ」

 正月が過ぎると、父は入院して、そのままあっさりとこの世を去ってしまった。

 身内だけで簡素な葬儀を済ませ、四十九日も過ぎると、いろいろと、思うことが出てきた。

 今のままで、いいのか。

 自分はもう、四〇を過ぎている。この国の男性の平均寿命からすれば、もう人生の半分を生きてしまったことになる。

 惰性で残りの人生を生きるには、長すぎるように感じる。

 むろん、生活をしなくてはならないが、しかし、七〇や八〇になって、なにが始められる? 自分がなにかをすることが出来るのは、多く見てもあと三十年、とみるべきだろう。

 それまでになにかを、成さなければならない。

 だが、この年齢で一から始めるのは無謀すぎる。

 今の自分にも出来ることは、なんだ。それを考えるためにも、時間が必要だった。

 そのためにはある程度の蓄えが必要だが、さいわい、父から貰った金は手をつけずに普段使わない口座に入れてある。

 預金通帳に印字された残高を眺め、ひとつの決心をした。

 小説を書こう、と思ったのだ。

 文章を書くのは慣れている。それに、小説を読むのは昔から好きだ。

 仕事を全部断り、執筆に集中できる環境を整えた。虎の子を切り崩すことになるが、仕方がない。手元の貯金と併せて、倹約すれば二年は保つはず。

 集中すれば三ヶ月に一本、長編小説が書けるだろう。新人賞は結構あるから、片っ端から応募すれば、道が開けるはずだ。

 そう考えて、自宅にこもって、半年ほど小説書きに専念してみた。

 しかし、結果は無残なものだった。

 満足のいく作品を、一本も仕上げることが出来なかった。書いても書いても面白いと思えず、嫌になって中絶してしまう。

 思い立って、書きたいシーンから先に手をつけて、間を埋める方式で書いてみた。

 やはりダメだった。「つなぎ」の箇所を埋めるのは想像以上に苦痛で、しかも前後との整合性がなくなってしまったり、似たような表現を隣り合わせの箇所で使ってしまうこともあった。そんなところを直していくと、作品ぜんたいが見渡せなくなった。

 自分で面白いと思えなくて、どうして他人が面白く感じるだろう。

 それに気づいて、毛受は愕然とした。

 今の自分に、新人賞を突破できるような長編小説を書く能力はないことを、認めざるを得なかったのだ。

 諦めたわけではない。しかし、対策を練るには数年のスパンが必要だと思ったのだ。

 まずは生活だ。

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