卯佐見蓮華の暮らしが騒がしい
前回までのあらすじ。
クラスメイトのチアリーディング部の女子に特殊な性的嗜好がバレた結果、その子とお付き合いすることになった。
あらすじ終わり。
卯佐見蓮華は心が読める。
なんて、格好付けてみたけど、わたしの読心術は眼鏡をかけなきゃ使えない、というなかなかに意味のわからない制約がついている。100円均一ショップで売られている税抜価格100円の眼鏡でも、アクセサリーみたいな度の入ってない伊達眼鏡でも、他人からお借りした代物でも、とにかく眼鏡をかけることでようやく他人の心を読める。
そうでもなければ視力は両眼とも1.0のわたしが好きでも何でもない眼鏡を日常的にかけたりしない。全国の眼鏡フェチたちに袋叩きにされそうだが、良好な視力を持つ人間からすればはっきり言って眼鏡なんて邪魔でしかない。『眼鏡とったら実は美少女でした』ネタが出てくるのは当然のことだった。
閑話休題。
わたしは他人様に絶対にバレてはいけない性的嗜好の都合でパパラッチ紛いのことをすることがある。その際には変装として男装をする。わたしは肉体的にも精神的にも女性だからね。
そこそこ恵まれた顔立ちと起伏に乏しい身体と同年代の平均値より高い身長のおかげで、女装も男装もいけるのは素性を隠すのに便利だった。性別に合った服装をすればこけし頭の眼鏡っ娘に、異性装をすれば女顔の知的な男子に様変わりする。視力矯正やオシャレ以外の目的で着用している伊達眼鏡も印象を変えるためのアクセントとしても機能してくれるのがまたいい。
さて、なんでわたしが自分の外見的特徴やら服装やら眼鏡の話やらをしているのかというと、今日はあの憎たらしいチアリーディング部の女子、八雲絵梨との初デートがあるからだ。
八雲絵梨はわたしの『本性』を知った挙げ句、わたしがそれをバラされたくないのを知ってか知らずかわたしに対して恋人になってくれとのたまった、変人の部類に入る美少女だ。秘密を握られている状態でそんな親密な関係になってくれと言われたら、脅迫されていると認識するのが普通だろう。例え相手が、チアリーディング部でも人気の高い、文句なしの美少女だとしても。
それはいい、いや良くないが。デートとは言っても外野から見れば女子高校生2人が遊びに出かけているように見えるだろう。が、地毛なのか染めたのか知らないけど明るい髪色の美少女とこけし頭の眼鏡っ娘が仲良く並んで歩く、というのは異様に思われかねない。
世界規模でセクシャルマイノリティーへの理解度が高まりつつある昨今において、周回遅れ気味な我が国日本の世間様が素直に『ティーンエイジャー同士のカップルなのね、わかるわ』と都合よく解釈してくれるとはビタイチ思っていないし、それを抜きにしても素性を明らかにした状態で八雲絵梨とデートなんてしたくない。尾びれやら背びれやらを生やした噂が学校内コミュニティを泳ぎ回る事態になりでもしたら、それはそれでまずい。
なのでわたしは、八雲絵梨とのデートには男装で向かうことにした。わたしたちの関係は秘密にしようと言ったのはわたしだし、八雲絵梨がお望みの恋人役をやるなら男装した方が何かと都合がいい、と前もって説明した時は八雲絵梨も納得した素振りを見せていたが、本当に理解していたのだろうか。待ち合わせ場所に着いて早々に文句を言ってきそうな気がする。
心配性というなかれ、単に八雲絵梨を信用しきれていないだけだ。
わたしこと卯佐見蓮華に対する、八雲絵梨の恋心は、嘘偽りのないもの。わたしの心を読む能力を欺いていない限りは、という但し書きがつくけど。本音を口にして建前を心の中で呟くことで、わたしの能力の絶対性を脅かすのがたまにいるからこそ、わたしはこうして警戒している。
だいたい、八雲絵梨はわたしのどこに惚れたのかを知らない。心から読み取れた確実なことは、接近して見たわたしの外見に対して好感を抱いたことくらいだ。
……さて、考え事はここまでにしよう。能力の射程内に入ってきたからね。
「れーんー! お待たせー!」
今日のデート相手、八雲絵梨が。
「こっちが勝手に集合時間より早く来てただけだから、気にしないで」
「そこは『待ってないよ』とかじゃないんだ」
「考え事ができるちょっとくらいの時間は、待つうちに入らないから」
「何考えてたの?」
「今日のデートコースとか」
「それは私に任せてって言ったじゃーん」
「どんなコースになるか、って意味だからね?」
ぶっちゃけると、八雲絵梨とわたしの趣味が合わない結果、わたし視点であまりにも退屈なデートになるリスクが頭の片隅にある。というのも、わたしは陰の者ではないがオタクではあるし、女オタクではあるけど腐女子ではない。
第一に事前情報通りに八雲絵梨がオタクではなかった場合、微妙に趣味の合わないジャンルのアパレルショップに連れ回されることが予想される。
第二に八雲絵梨が隠れオタクにして腐女子だった場合、やはりジャンル違いのショップに連れ回されることが予想される。
どんな音楽が好みなのかも知らない相手と出かけるのは無理があったか、なんて思うわたしをよそに。
「(卯佐見さんのこと名前で呼んじゃった……ちょっと照れくさいけど、いいかも! 恋人っぽくて!)」
八雲絵梨は見事に色ボケしていた。
◇
なんで八雲絵梨が『隠れオタクの腐女子かもしれない』という予想を立てたのかというと、待ち合わせ場所が池袋駅だったからだ。
クラスメイトの腐女子がここをよくイメージしていたのを心を読む能力で察知したから、という偏見からくるものだが、わたしが普段池袋周辺ではなく秋葉原に行っているからイメージがこんな具合に偏っているだけとも言う。腐女子含む女オタクグループとギャルっぽい雰囲気の女子グループが池袋でニアミスした、みたいな話もないわけではないから単純に偏見である。多分。
ちなみに八雲絵梨がデートコースに選んだのはアパレルショップ巡りだった。わたしが彼氏という設定でデート中なのを忘れて、わたしを試着室に引きずり込んで着替えさせようとしたときは脱いだ靴下に小銭入れてぶん殴ろうかと思った。
散々あーでもないこーでもないと店を冷やかし回ってから、午後2時くらいにファミレスに入ったわたしたちは、すぐに席に座ることができた。わたしは待つのが嫌いなタチなのでこういう習慣を身につけているのだ。
ドリンクとスパゲティを各々注文してからお冷に口をつけ、心を読む能力の射程内に知り合いがいないことを確かめてから、八雲絵梨に尋ねる。
「エリーはさ、わたしのどこに惚れたわけ?」
親しげに八雲絵梨を呼んでみたらむせやがった。わたしのリップサービス無駄にしやがって。
いや、もしかしたら、この数時間二人称呼びでゴリ押ししたのが悪かったのか?
「もしかして馴れ馴れしかった?」
「ううん、その呼び方でお願い、します……」
「こうしてデートしてるわけだけど、なんていうか、気になってね」
「……蓮華は、さ」
八雲絵梨が気持ち真剣な面持ちで、わたしの質問を質問で返した。
「誰かを好きになるのに、心躍るストーリーとか理由が必要なタイプ?」
「必要だから聞いてるんだけども」
「そう、なんだ」
「だいたい、誰も彼もみんな『誰かの恋が成就したことを祝う自分』に酔いしれたいだけだから、他人の心躍るストーリーとか理由とかを求めるものなんだと思うね」
「蓮華は毒舌なんだね」
「人生の師匠の受け売りだと、更に毒の濃度高まるよ?」
「どんな人なの?」
「この世の全てを憎んでいるタイプ」
「なにそれ、私のお姉ちゃんみたい」
「で、エリーはわたしのどこに惚れたの?」
「眼鏡外してる時の、横顔かな……可愛くて……えへへ」
全国の眼鏡っ娘スキーに宣戦布告するようなこと言ったな、こいつ。わたしも『眼鏡ない方が可愛いよ』とかいう旨のセリフに同意するケースは多々あるからとやかく言えないが。
わたしの場合は視力矯正以外の理由で必要にかられて眼鏡を掛けているから眼鏡っ娘の定義に当てはまるか微妙なところだし。
「顔、顔かあ。うん、わかりやすくて納得した」
「それで、眼鏡外してくれない?」
「嫌」
心を読む能力のトリガーであることもそうだけど、今のコーディネートは眼鏡も含めての男装なので、外したくない。それが本心だった。
むくれてみてもダメだぞ八雲絵梨。
だいたいわたしが学校で眼鏡を外したことなんてあったか? 強力無比と言っても過言ではない能力の使用条件を満たせなくなるリスクを背負うことを考えて、なお眼鏡を外すのか?
……あったな。眼鏡のレンズ拭いたり目薬さしたりでちょくちょく。
仕方ない、サービスしておこう。おもむろにポケットティッシュを取り出して、外した眼鏡を拭く。
「(ああっ、正面から見ても可愛い……でも蓮華ってボーイッシュなところもあるから、かっこかわいい? って言えばいいのかな? とにかく眼福~)」
八雲絵梨がデレデレになっていた。しかも心の中での私の呼び方が『卯佐見さん』から『蓮華』になっているし。デート中はわたしが合図するまで『蓮れん』って呼べって言ったはずなのに、大丈夫なんだろうか。
「お待たせいたしました。スパゲティボンゴレとアラビアータ、アイスティーとアイスコーヒーになります。ご注文、以上でよろしかったでしょうか?」
「大丈夫です……エリー、ボンゴレ頼んだのわたしだぞ、こっちに寄せてくれ」
「一口食べてみたーい。アラビアータ一口あげるから、ね?」
「ごゆっくりどうぞ」
伝票を置いて店員が立ち去っていく。
これでカップルっぽく振る舞えた。辛そうな赤いソースにまみれたペンネをフォークで何個か刺してわたしに向けてあーんしてくる八雲絵梨をあしらっても問題ないはず。
……ああもうしつこいな、食べればいいんだろう食べれば!
◇
そんな恋人同士ですることの一部であるデートをこなした翌日。
八雲絵梨は同じクラスでチアリーディング部に所属する女子たちに包囲されていた。
話題はもちろん、八雲絵梨のデート相手が何者なのかについて。
「ちょっと絵梨さー、いつの間にあんな彼氏作ってたの?」
「あたしらに黙ってさー! このこの!」
「ていうかウチの学校にあんな男子いたっけ?」
これまで色恋沙汰にまつわる話題をのらりくらりと回避してきたツケの清算を強いられている八雲絵梨の姿は笑える。
やはり男装してデートに出かけたのは正解だった。こちらに火の粉が飛んできたら力づくで払い除けてしまうだろうし、ああいう恋バナで突かれるのも性に合わないし。
しかし、しかしだ。いつかわたしにも火の粉が飛んでくるかもしれない。わたしの心の底に隠していたサガを暴きに来た八雲絵梨のように。
対策をしなければ。
わたしのサガは他人と相容れないものだ。八雲絵梨の口から、わたしのサガがどんなのものなのか漏れ出るようなことが起こる前に──
「──八雲絵梨を始末しなければ」
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