第7話
「急に声をかけたのに来てくれてありがとう。今からするのは仮定の話だと思って聞いてほしいんだけど。」
「妙な前置きをするのね。」ソファに荷物を置きながら、彼女はあからさまに顔をしかめた。無理もない。この前置きからまともな話が出てくるなんて、僕でも考えられない。事実この後に続く話は、聞くに堪えない妄言のようなものなのだから。
彼女がソファに座ったのを確認して、僕は話し始めた。
「自分と全く同じ見た目で、全く違う性格を持った人間がいると言われたら、どう思う?」
数秒ほど、彼女は思考していたようだった。「それ、私が信じると思ってる?」
「いや? 絵里さんじゃなくて、他の誰だとしても信じないと思うよ。」
「じゃあ、この質問に何の意味があるのよ。」
確かにあまり良い聞き方ではなかったかもしない。
「そうだね、少し質問を変えようか。見た目は今のままで、でも今と全く違う性格の自分になりたいと思ったことは?」
「……誰しもが自分の性格に満足してるわけじゃないでしょ。」
「そうか。少し意外だったな。」彼女が僕を睨んでいるだろうことは、見なくとも分かった。
「ついでにもう一つだけ。その性格って、いつも朗らかで言葉遣いが丁寧だったりする?」
「まるでそうあってほしいと思っているみたいね。」
「……そんなことを言わないでほしいな。」
とはいえ、あながち間違いでもない。僕にとって「下田絵里」という人間の印象が、いつも朗らかで言葉遣いが丁寧であるのも事実だ。
「まさかとは思うけど、あなたはそんな性格の私に会ったことがある、ということ?」
流石は彼女だ。たった二つの質問だけで、僕の言いたいことを見通してしまうなんて。
「いつ? どこで?」「直近だと昨日。この建物の中で。」
「なんで私に言わなかったの。」不思議なことを聞くんだな、と思った。
「言うも何も、君も覚えてるだろう。」
この返答に対して、彼女は首をひねった。
「昨日は……そうだ、事務室で虫の話をしたね。」
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