幕間 其ノ参 希望

 決着のときから少し前の出来事。


 白帝界、位置は不明瞭ふめいりょう。自分が何処にいるのかすら分からなくなる薄暗い迷宮ラビリンス。勿論、魔法で生成されたものである。


「私は方向音痴ほうこうおんちではないはずですけど……。ま、まぁあと五秒くらいで抜け出せますわ! 多分!」 


 灯火カンテラを頼りにそろそろと歩くミハイル。リザの宝玉なまえを取り戻そうと再び潜入していた。ちなみに五秒が経過したが、脱出できていない。


 気合いを入れ直して、つぶやく。


「ここまで来たんですもの。 なんとかなるはず」 


 時間は更に、さかのぼる。




◇◇◇




 ルクスに位置するサーヴァンツ家の別荘、地下二階。浅葱あさぎ色の床タイルが張られた通路はしっかりと清掃されている。二人のメイドが担架たんかで白いシーツが覆い被さっている誰かを運んでいた。


「安置所行きですよね」 

「当然でしょう」 


 心なく、交わされる確認。


『……』 


 黙々もくもくと歩いていると突然、うなり声が聞こえてきた。

 二人の動きが止まる。


「……けものですよね」 

「当然でうしょ」 


 心なく? 交わされた確認。

 追い打ちをかけるようにシーツがもぞもぞと動き出した。

 とっさに手を放し、その場から離れる。


迎撃態勢げいげきたいせい。フォーメーション・アルファ』 


 戦闘を予期よきし、構えた。

 張り詰める空気。担架から何者かがむくりと起き上がる。


「うーん、良く寝ました、わ? ギャアアアッー!」 


 それに対し、一斉いっせいに魔法を放とうとするメイド達。


「ストップ、ストップ! 生きてますわ!」 

『あり得ません、処分します』 

「っ、ミハイル・サーヴァンツ! 三十三歳! 無断で家を飛び出して両親の雇った探偵たんてい捜索そうさくされていますわ! 趣味、漫画鑑賞!」 

『……後で連絡させていただきますね』 

「やめてくださいまし!?」 


 突っ込みどころが満載まんさいだが、取り敢えず信じてもらった。

 一息ついて、ミハイルが二人に質問する。


「あの、リザ様はどうしましたの?」 


 世の中の疑問が頭の中にいっぱいのメイドが答える。


「ミハイル様から受け取った手紙を見て、白帝界へ向かいました」 

「……そうですか。宿屋で何回も書き直したので百回は見返して欲しいですわね。それともう一つ。どうして私が生きているのか、分かる方っています?」 


 怖がっていたメイドが当然に答えた。


「それは恐らく、絶命ぜつめいの後に血争劇総原則が適用されたからですね」 

「へぇー……」 

『絶対によく分かってませんね』 


 ミハイルは確かにあの時、命を落とした。しかしその直後に血争劇総原則其ノ壱から三つ目の罰則で「意識を失う」ことが上書きされたため、奇跡的に生存した。……雷魔法が直前で弱められなかった場合、こうはならなかっただろう。


「まぁ何でもいいですわ。生きているならばやるべきことは一つ。リザ様を助けにっ、あれ」 


 立ち上がろうとするが、力が入らず尻餅しりもちをついてしまう。戦闘時のダメージだけは残っていた。守護魔法を行使しようにも今のミハイルには魔力が枯渇こかつしている。


「……あの、回復とごはんをお願いしてもいいですか? てへぺろ」 


 疑問メイドと当然メイドは顔を見合わせてから、ニッコリと答えた。


『賞与の方、期待していますね』 




◇◇◇




 そして迷宮を彷徨さまようミハイル。

 魔法の罠に苦戦していた。もとい、全部引っ掛かっていた。


 落とし穴と針山。


「危ないですわね! 私、穴だらけのセーターになる所でしたわ!」  


 複数の魔法陣から放たれる炎と氷。


「熱いですわ! 寒いですわ! もはや常温っ!」 


 誰もが知らないと答えるであろう、ニッチな問題。


「ピンポーン! 答えは、『マジ宇宙』ですわ! ドヤ」 


 ブブーという不快な音とともに鉄球がクイズ会場を破壊しながら転がってきた。


「分かるわけないですわ!」 


 気がつけば、入り口に戻されているミハイル。


「はぁ……はぁ……これを作った方はここに来る者を小馬鹿こばかにしていますわね」 


 そう、この迷宮の本質は罠ではなく迷路そのものだった。罠など仕掛ける必要もない程に高度な結界魔術バリア・クラフト。まともな攻略は不可能に近いだろう。


「でも私は絶対に諦め、おわ!」 


 音を立てて地面が揺れる。それと同時に辺りが少しずつ崩壊していった。

 が途切れたのだ。


「もしかして……。あっ!」 


 崩落と共に、宝玉への道が開かれた。瓦礫がれきの落下と罠の暴発により危険な状態ではあるが。


「……私は確信しましたわ。絶対にリザ様が勝って、道をひらいてくれるって! だから私も、それに応えて見せますわ!」 


 聖者ミハイルは、希望を抱いて駆け出した――!

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