第八幕 復讐

 『キャァァァァァッ!』 


 不気味な白蛇がからみついた白帝界の、居住者による阿鼻叫喚あびきょうかん。ある者は狼狽ろうばいし、ある者は祈り、ある者は白蛇を観察していた。あれに立ち向かおうと考えた魔女は捕食、焼身しょうしん、人体の原型をとどめない損壊そんかいとどれも悲惨ひさんな結末を迎えていた。


 だがそんな現状を知ってか知らずか、巨大な魔物を討たんとして敢然と立ち向かう魔女が、たった一人だけいた。


「うわぁ……体の構造どうなってんのよこいつ。きしょいわね」 


 白蛇に見つからないよう城の周りを旋回せんかいしながら様子を見るリザ。ミハイルから受け取った文書の内容を思い返す。


 一つ、レイチェルには奥の手がある事。それは一定時間白蛇になる「虚ろなる大蛇ロスト・サーペント」という魔法である。


 変化魔法は、希少な魔法であり基礎魔法の上級扱いとなっている。使用すると様々な姿に変化するほか、傷が完全に癒えるというものだ。また、この魔法には変身の前後に使用待機時間インターバルが存在しておりその期間は術者の実力にる。


 そして「虚ろなる大蛇」はそれを極めたものであり、上級魔法から繰り上げて最上級魔法にあたる。陸上、海上を自由に移動できる上、高熱のガスを吐き、眼から光線を放つなど、その他様々な攻撃手段を備えている。


 二つ、白帝界の全体像。もちろん、レイチェルの宝玉の隠し場所も記載されていた。だがそこへたどり着く道は複雑で入り組んでおり、魔法による監視や罠まで配置されている。これを目指すのは現実的ではない。

 

 最後に、その他の細かい情報が記されていた。


 これらの情報からまずレイチェルに血争劇をしかけ、奥の手を引き出させるまで削る。蛇化へびかの魔法を使った場合、血争劇の原則の一つを破ることになり、罰則が課される。そしてリザが何らかの形で弱体化するであろう白蛇を討伐するという目論見もくろみを立てた。


「んで、あいつの罰則といえば恐らく魔力出力の低下ね……ちょっと割にあわないと思うけど、そのくらいヤバいやつってことよね」 


 戦略を練っていると、突然白蛇が動きを止めた。魔力探知マジックサーチにより居場所を探るためである。そして、こちらを向き眼を光らせる。


 「ミツケタワ、クソガキ」 


 構えようとするも視界がぼやけ、杖のコントロールがふらついた。


「ハハ、長くは持たないわね……でもアタシはっ、絶対に挫けないわ」 

 

 歯を食いしばって、無理やりに立て直した。

 

 「モエツキナサイ」 


 光る眼から、熱線が放たれた。持ち前の反射神経で回避した後、振り返ると熱線は水平線の遥か向こうまで届き炸裂さくれつして海を深く割いていた。


「うっわ、こんなんかすっても消し炭確定ね……エグ」 


 向き直ると、何故か視界が暗くなる。

 白蛇が大口おおぐちを開け、巨体とは思えない凄まじい速度でこちらへ向かってきていた。


 「カミクダイテヤルワアアア」 


「噓だろ!?」 


 杖の推進力すいしんりょくを真横にし、急加速することにより噛みつきをすんでのところで回避した。白蛇は勢いのまま海へ飛び込んで行く。


うろこ固そうだし、目玉でも狙ったらどうかと思ったけど無理そうね……」 


 左手を顎にそえて、再び戦略を立てる。


「よし」 


 なぜか孤城から離れ、大海原おおうなばらを進んでゆく。

 白蛇の出方でかたうかがうことにしたのだろうか。


「さて、次はどうくるかし――」 


 リザが白蛇の次の行動に思考を巡らせようとした瞬間、海中かいちゅうから高速で白い尻尾が直線に飛び出してきた。


「早ッ――!」 


 頬をかすめただけだったが、とてつもない衝撃がリザを襲う。


「ぐうっ……!」 


 空中をころげるように態勢を崩し、気絶しかかるもすぐに立て直す。


「これがいくつもの攻撃の選択肢から続くってワケね。ふざけんな! 『潜む者の目ナイトアイ』!」 


 暗視あんし効果のある基礎魔法で目を光らせ、せめて次の一手を予測しやすくする。


「どれも一発直撃したらアウトね……。マジのクソゲーだわ、笑えてくる」 


 集中を深めて、見る。

 よく見る。

 次の一手は――。


「ッ! 見えてても関係ないってか! クソがあああああ!」 


 海面がまるで、満天の星空のようにキラキラとまたたく。

 そして千を超えるホーミング型の光線が姿を現した。

 城に向かないように明後日あさっての方向へ急旋回きゅうせんかいし、ありったけの魔力を込めて一心不乱いっしんふらんに杖を加速させる。


「ッアアアアアアアアアアア!」 


 不規則ふきそくな動きで回避する事により光線同士をぶつけさせ、数を減らしていく。

 残り四百。

 三百。

 二百。

 しかし、ほんのわずかによろめいたその時。


「しまっ――」 


 光の中へ消えるリザ。

 落下地点を予測した白蛇が顔を出した。


 「クライツクシテヤル」 


 しかし、海上に落下するはずのリザの姿はどこにもない。


 「ドコヘイッタ……?」 


 白帝界の屋上に、少女は立っていた。


「ゼェッ……『逆進点』……ッハァ、ここが分水嶺ぶんすいれいね」 


 事前に用意した避難先であるへ瞬間的に移動し、ホーミング弾を直撃したように見せかけた。作戦を完遂させるために限界まで城から遠くへ引きはがし、時間を稼ぐ必要があったのだ。


「あれっ」 


 両脚に力が入らず、倒れる。

 もはや彼女の限界は、とっくに超えていた。


「…………」 

 

 心の底を、果てない闇が支配していく。

 

――もう諦めよう。痛い。辛い。

……いや、■す。■してやる。


 だがそれでも彼女は。


「……っうぅ、頑張れアタシ……!」 

 ガクガクと震える脚を何とか抑え、杖を支えにして立ち上がる。

 吸って、吐いて、深呼吸し、杖を突きだして構える。


「『詠唱、開始』」 


 青髪の魔女につどう、荒波あらなみのような魔力の奔流ほんりゅうが空気を震わせた。


 詠唱魔法えいしょうまほう。これは原初の魔法構築の方法であり、血争劇が始まった時代にはこの一撃のみで勝敗が決められていた。自身の固有魔法の威力を限界を超えて引き上げるために決められた呪文を唱えければければならないが、その威力はどんな魔法をも凌駕りょうがする。


「『悠久ゆうきゅうの時を統べる妖精アーグーテンよ、我が覚悟に応えたまえ』」  

「『我、なんじひらいた道を歩く者なり』」 

「『仮令たとえ、この夢が凋氷画脂ちょうひょうがしついえるとしても』」 

「『凍てついた世界で永遠とわうたおう』」 

「『今こそ氷の加護の真髄しんずいを、解放する――!』」 


 大気が凝縮ぎょうしゅくし、杖の先から古代文字を帯びた極大きょくだいな氷魔法の球体が顕現する。そしてその膨大な魔力を探知したのか、ゆっくりと目の前に顔を覗かせる白蛇。


 「コンドコソ、ニガサナイワ」 


 口を開くと、そこに規格外きかくがいの魔力量をもとにした結晶が生成された。それを核として、この世界のあらゆる爆発性ガスを含んだ巨大な超高熱の火球が形成されてゆく。もはや星そのものを創造したに等しい熱量である。


 没落魔女リザと、大魔女レイチェルの差は火を見るよりも明らかだった。


 ……感情が、膨れ上がっていく。

 

――アタシの名前返しやがれよクソが! 出力足りねぇよ!


 ムカつく、憎い、悲しい。


……絶対に■してやるからな……! 畜生、畜生、畜生!

 

 そして。


――ミハイル、アタシ、アタシは! 


 誰に届くでもない、心の奥底の本音を全力で叫んだ。


「アタシは、負けたくないー!!!」 


 互いにことわりを超越せんとする魔法が放たれようとした、その時。


「リザ様!」 

 

 再び、呼びかけに応える聖者。


 上空から、聞き覚えのある凛と透き通った声が響き渡ったのだ。

 リザが振り返ると、杖に乗った猫耳のミハイルが尻尾を振りながら宝玉を放り投げていた。


 ミハイルは、いつものにこやかな笑顔で。


「頑張ってくださいましー!!!」 


 リザは、屈託くったくのない満面の笑顔で。


「うん!!!」 


 宝玉が輝きだし光の粉となって散り、青髪の魔女を包んだ。

 そして最凶さいきょうの魔物に向き直り爛々らんらんと瑠璃色の双眼そうがんを輝かせて。


 全身全霊で、会心の一撃を叩き込む――!


「『全て凍て尽かせる氷の世界クリア・ブリザード』!」 

「『全て焼き尽くす業火の厄災エンド・オブ・ブレス』!」 


 衝突する絶大な魔力。


「ッアアアアアアアアアア!」 

「グオオオオオオオオオオ!」 


 その果てに。

 カッ、と青い閃光が貫いた。


 「ガアアアアアアアアアア!」 


 何処どこまでも突き抜けていくその氷魔法は曇天どんてんにさえも届き。

 晴天のつくった――。




 ◇◇◇




 の光に包まれた、屋上前の石柱に囲まれたフロア。


「ハァ……ハァ……アタシの、勝ちね」 

「……そうね。そして私の負けよ」 


 倒れ伏したレイチェルに馬乗りになり、杖を縦にして突きつけるリザ。


「さぁ、刺しなさい。あなたの復讐劇はこれで完遂かんすいされるわ」 


 虚無きょむを貼り付けた表情で全てを受け入れ、目をつぶる。

 青髪の魔女は嬉々ききとした表情を浮かべ、杖の先から氷のナイフを生成。

 そして高揚感を抑えたような声色で、告げる。


「ええ、そうね。さようなら、レイチェル。ヒヒッ……」 


 一転、心の深淵しんえんを覗かせて。


「これで■ね」 


 放たれる、残酷な氷魔法。

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