第七幕 激震

 絶えず嵐が発生するコンクリーレン海域の中心、けがれなき色の白帝界。実は居住権を剝奪された魔女も戻ってこれる上、入場の際にも制限はない。だが、そこに在籍している魔女が帰る事を絶対に許さない。在籍、除籍リストに記載されているライバルの顔と名前を覚え、とことんまで蹴落とすのである。


 その居城の、地下。真っ白な空間の中にある薔薇園ばらえんの中心にてブロンドの銀髪を指先でくるくるといじりながら薔薇に水をやる魔女がそこにはいた。一見いっけん、取り合わせがよく見えるが彼女はそう思ってはいないらしい。


「どうしてこんな事をしているのかしら、私。これって使用人の仕事でしょう。似合わないわね」 


 レイチェル・エル・エスパーダ七世。

 名家めいかに生まれた彼女は、物心ついてからすぐに厳しい魔法の訓練を受けさせられる。食事も睡眠も無く、栄養補給の基礎魔法のみで対応しなければならなかった。

例えるなら、料理どころか食材を知らない子供が料理をしろと言われるようなものだ。また、外界がいかいとのかかわりも一切を断たれた状態だった。そうして他をかえりみない、残虐にして非道な魔女が完成した。


、そっくりだったわね」 


 目を閉じ、苦痛の毎日の中で唯一の心の支えだった野良猫を思い出す。


「……私は全て奪うわ。その先にきっと、最高の幸せがあるの」 


 水差しを近くにあった机に置く。

 何処からともなくバシュッ、と放たれた氷の短剣を振り返りながら回避して、呼びかける。


「ねぇ、貴女もそう思わないかしら? リザ」 


 呼びかけに応じ薔薇の生垣の裏からゆっくりと歩を進めて姿を現す、ワクワクを抑えきれない表情をした青髪の魔女。


「ハッ、バケモンが。今殆ど魔力も気配消えてただろうが、アタシ」 

「こんなくだらない不意打ちだけが作戦じゃないでしょうね」 


 没落した魔女と、名家の大魔女が対峙たいじする。

 そして両者、間合いを図りながら距離を詰めていく。

 ……互いの距離が二十メートルと少しに達した時ピタリ、と止まり。


「『原初の魔女に誓う。我が血を懸ける』」 


 血争劇を仕掛けたのは、リザ。


「ウフフ。そうね、己を極限まで棄ててこその一生よね。『原初の魔女に誓う。血争劇、開幕』」 


 これまでと、これからの全てをはかりに掛けた闘争が、幕を開けた――。


「ハァァァッ! 一瞬で終わらせてあげるわ! 『結晶構築・龍ジュエリー ドラグーン』!」


 真珠やダイヤモンドなどの宝石が飾り付けられた豪奢ごうしゃな白銀の杖を手中しゅちゅうに召喚し、それを掲げると瞬きまばたを待たずしてルビー色の結晶が集合し、龍が形成された。そしてそれがけたたましい咆哮ほうこうをあげながら容赦ようしゃなくリザに突撃する。


「グオオオオオオッ!」 


 体をひねり、つま先に鋭利えいりな氷を急速に形成した勢いのまま跳躍するリザ。そしてドン、と凄まじい音をたてて白い壁に突撃する龍。


「っぶねぇ!」 


 しかしその先に、レイチェルが魔力を惜しみなく込めた杖を振りかぶって待ち構えていた。


「もう理解かってるでしょう!? 天と地ほど実力の差ができてしまったって!」 

「――ッ!」 


 リザの背中に振るわれた杖が直撃し、正面から地面に叩きつけられる。レイチェルは浮遊する結晶を足元に形成して着地した。


「終わったわね。本当にもう二度と顔を見ることはないでしょう」 


 巻きあがる土埃つちぼこりを見て呟く。だが。


「そのセリフを吐くにはちょっと早いんじゃない?」 


 なぜかレイチェルの背後から現れたリザが魔力を込めた杖を叩き込む。しかし。

 

「あれが分身なことくらい最初から知ってたわよ、おバカさん。『否定する理アンチフィジクス』!」 

「クッ、ソ!」 


 物理攻撃が反転する基礎魔法により衝撃が倍になって返ったきたため体勢をくずす。リザはそれを利用して空中で回転しながら周囲に魔法陣を展開し、氷の剣を射出した。


「これならどお!? 『氷刃円舞アイスエッジ・ワルツ』!」 

「私の可愛いぶかの技ね。泥棒猫どろぼうねこが……『結晶構築・盾ジュエリー バックラー』」 


 先程壁に激突し、頭が埋まっていた龍が結晶に再構築され術者の下へ戻り盾を形成し、氷の剣を防いだ。


「マジかよ。結晶の生成速度、速すぎんだろ、ハァ」 


 壁に突き立てた氷柱つららを支えにして壁に張り付いたまま、うつむいて呼吸を整える。バッ、上を見上げると。


「……あ? どこ行ったのよ、アイツ」 


 どこを見渡しても見つからない、姿を消したレイチェル。


 刹那。


 全身を押し潰さんとする強烈な衝撃が、リザを襲った。


「ガハッ、アァ――」 


 スーッとリザを覆い隠すように現れた巨大な結晶と、銀髪の魔女。


「『影の世界ステルスフィールド』。ダメじゃない、ちょっと疲れたからって目を離しちゃ。ウフッ」 


 レイチェルは音ごと透明になり、堂々とリザの目の前で魔法を形成していたのだ。

 結晶が解除され、力なく地面に落下するリザ。光の中へ消える杖。


 カツン、カツン。ゆっくりとヒールの音を立ててこちらに向かってくるレイチェル。その歩速は、強者の余裕。そして倒れ伏す少女の前で止まる。


「今日、貴女は私に全てを奪われにきたのね」 


 まるで汚物を嫌うかのようにじっと見下ろす。

 かと思えば、突然。


「あぁ、みじめな姿が猛烈もうれつに憎たらしくも愛らしいわぁ、フフ、アッハハハハハ! ハァッ!」 


 高揚こうよう、高笑い。そして地面に倒れこんでいる少女を蹴り飛ばし壁に叩きつける。


「泣いて謝ったら許してあげるかもしれないわぁ! 絶ッ対許さないけっどぉぉぉぉぉぉっ! ッハ!」 


 小躍こおどりして、数発殴りつける。


「も、ももも、もうくたばってるかしらぁぁぁぁぁ! キャハハハハハ!」 


 両手を広げた後、くうを抱きしめて狂気的な笑顔を湛える女性。


「ハァー、アッハハハハハ、あぁ、ハハハ……」 


 だがその感情は、次第に薄れてゆき。


「………………」 


 虚しさと静けさだけが、そこに残った。


「はぁ。次の獲物でも探しに行こうかしら」 


 きびすを返し薔薇の庭園ていえんを後にしようと、とぼとぼと歩き出す。


「まだよ」 


 しかし、聞こえるはずのない声が背後からかけられた。


「え?」 


 振り返ると、そこには青髪の魔女がフラフラの状態で立ち上がっていた。

 再びわらう、薔薇のごとかんばせ


「あぁ! 嬉しいわぁ! 今度こそ完璧にぶっ壊してあげる! 来て! 来なさい! さぁ、早く!」 


 身体をうねらせ、もだえながら杖を構える銀髪の魔女。


「んじゃあ望み通り突っ込んでってやるよぉぉぉぉぉ!」 


 行く先の地面を凍らせて、滑るように突撃するリザ。

 その速度から、レイチェルは勝ちを確信する。


 ――やはり、今の貴女はその程度しか速度が出せない! 余りに遅すぎるわ。結晶で抱いてあげる!


 その思考を見抜いたかのようにリザがニヤリと不敵に笑い。

 紫電一閃しでんいっせん


「なっ、急に速度が――!?」 

「もう遅いわ! 『氷花千連サウザンドブルーム』!」 


 いくつもの雪花せっかが咲き、薔薇を染めてゆくように舞い散る。

 両手に氷の短剣を生成し、すれ違いざまに何度も切り刻んだのだ。

 魔女の急所を、正確無比せいかくむひに。


「ガ……ハッ……」 


 膝をつくレイチェル。


「あり、得ないわそんな出力……っまさか!」 

「そうよ、あんまり気が進まなかったけど名義を借りたの。それを悟られないように出力を雑魚にしてたってワケ。まぁ油断なしのアンタなら今のも余裕で避けれたでしょうけど」 


 そう、リザの現在の真名は「リザ・サーヴァンツ」。

 手紙に同封されていた魔道具まどうぐである「血分けの誓約書レイズ・シート」にサインをした為、名義変更の契約が成立した。魔力、身体能力は元通りとはいかないがそれでも現役げんえきの半分の実力を引き出すことができていた。


「さぁ、どうすんの? その傷でまだやる気? まぁどちらにせよそろそろ判定負けになるでしょうけど」


 左手の短剣を突き付け、煽る。


「ハァ……ハァ……認めないわ……絶対に認めない。ゼッタイニ、ミトメナアアアアアア」 


 奇声を上げたレイチェルの身体が白く変色し、牙が生える。

 さらに、形を変えながら徐々に膨らんでいく。

 地鳴りと共に急速に、天井に向けて大きくなる。

 突き破ってなおとどまることはない。

 そして、屋上を突き抜けて肥大化ひだいかが止まった時。 

 頭部から乱れた白髪を垂らした巨大な白蛇しろへびのような魔物が完全に顕現けんげんした。


 「ゲギャァァァァァァァァッ!!!」 

ね、バケモン」 


 リザは両手の短剣を投げ捨て杖をまたがる。崩れた天井から外へと飛び出した。

 

 天秤はいまだどちらにも傾かないままで闘争は中断。

 

 「血争劇総原則弐ブラッディシアター・ルール・ドゥ魔女一対の原則ルール・ウィッチ」を破ったレイチェルには、罰則が課されることになる。


 まわる復讐劇は、士気ボルテージを上げてゆく――!

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