幕間 其ノ弐 俯瞰

 朝日を部屋の窓からぼうっと眺めながらライドは一人、物思いにふけっていた。


 ――心配で仕方ない。ミラは確かに才能がある。だが魔女の世界で生きるには優しすぎるんだ。白帝界で血争劇に勝った時も相手を心配する始末。


『す、すみません! あの、私が勝ったせいでここを出なきゃいけないし、名前を失うなんて――』 

『うるさいっ! 話しかけんじゃねえよどっかいけ!』 

『っ、ごめんなさい……』 


 ――あの場所であんな事をする者は一人もいなかった。本当にお前だけだ。他の魔女達に嫌がらせにあった時も。


『きゃはは! あんたみたいな生温なまぬるいやつここにいらねーんだよ!』 

『まじでうざいんだよね、シアターで勝って申しわけなさそうにしたり。嫌味かよ! クズ女!』 


 拘束され、拷問ごうもんのような仕打ちを受けるミラ。


『おい! 貴様ら何をしている!』 

『うっわ、また保護者様が来たわ。行きましょ』 


 ライドが駆け付けた途端とたん蜘蛛くもの子を散らすかのように逃げた。


『おい! 反撃くらいしたらどうなんだ!?』 

『……そんなことしても、意味ないよ』 


 ――こんなことが何回もあったな、全く。世話の焼ける後輩だ。……だが、昨夜この家を出て行く時だけは今までにない雰囲気だった。一本の道を決めたかのような気がするような、どこかふらふらなような。


 その思考は、部屋の扉が開くと同時にかき消される。


「ッ! 大丈夫か!?」 

「……うん、とりあえずは」 


 左手に宝玉を握る、ずぶ濡れの戦闘用スーツを着た少女が帰還していた。


「そうか、良かった。そしてそれは、取返してきてくれたんだな?」 

「そう。まずは受け取って」 


 宝玉が光に包まれ、粉となり散布さんぷする。


「おお、体が軽い! ありがとうミラ」 

「……」 

「ん? ミラ?」 


 俯いたまま、顔を上げなくなってしまった。


「ど、どうし――」 

「う、ああああああ!!!」 


 抑え込んでいた感情が、とめどなく溢れ出す。

 

「私、命を奪っちゃった! クズは私だ!」 


 自己嫌悪からくる猛烈な吐き気に襲われた。その場にうずくまる。


「友達の為だなんて自分を体のいい言葉で自分を騙してただ、魔女の本能に身を任せただけだった!」 


 そして歯ぎしりの奥から絶望がにじみ出ようとした。


「これならいっそ私が――」 

「私はもう、幾度いくどとなくそうしてきた」 


 ミラに寄り添い、揺るがない声で言い放つ。


「……え?」 


 見上げて、真っ直ぐにライドを見つめた。


 確固不抜かっこふばつの精神を心に据えた瞳は、夜闇やあんに射す一筋の光の景色を閉じ込めている。表情は孤独の日々をうれうようにかなしげだ。


「王国の為に魔法を込め、剣を振るい多くの兵士や将軍を斬り捨ててきたんだ。出会ってから二年間の中で初めて言ったかな」 


 呆然ぼうぜんとしながら聞くミラに、続けて話す。


「国を護るには犠牲が必要なのだと、そう思って存分に力を行使した。だが、最後には自国に指弾しだんされてしまった」 

「……そうなんだ」 


 相槌あいづちを打ちながら、話を頭の中でゆっくりとかみくだき理解していく。


「それはもう、感情の整理が追い付かなかったよ。『いったい私はどうすればよかったのだ』と。だがその後レイチェル様に拾われ、ミラに出会った」 

「うん」 

「そして君の優しさにふれていくうちに、『今度こそ護りたい』と思ったんだ。だから……諦めないでほしい」 

「でも……」 


 迷いの森に囚われた心を解き放とうと、両手で双肩そうけんつかみ熱い想いをぶつける。


「ミラ一人に抱え込ませてしまって本当にすまない。これからどうするか、共に考えよう!」 

「……うん!」 


 涙をぬぐって、燦々さんさんと輝く太陽のような瞳を秘めた笑顔で応えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る