第六幕 天秤

 ラウド密林から離れた草原に、ルクスという城壁に守られた大都市がある。その

城下町のはずれに塀で囲まれた乳白色にゅうはくしょくの豪邸があった。大きな鉄の格子戸こうしどの先には煉瓦れんが舗装ほそうされた道、整った生垣いけがき芝生しばふ。果ては、裏に巨大な噴水を中心とした直径一キロメートルの庭まで併設へいせつされている。これは、サーヴァンツ家が所有する別荘……の内の一つ。

 その一室、客間にて。木製の椅子に座りながら窓の外の曇った空を見つめる、うれいを帯びた青髪の魔女。


「……」 


 激闘を終えた後リザはミハイルを抱え、手紙の内容の案内を受けてこの豪邸にたどり着いた。到着すると、同胞どうほうであろうメイド達に囲まれる。そして様々な手厚い待遇を受けた。まず守護魔法による傷の手当が行われた。次に補修ではもう限界だった装束も新調しんちょう。さらに、豪華な食事に風呂の用意まで。至れり尽くせりである。しかし唯一、心だけが満たされない。

 客間のドアが開く。


「リザ様、調子の方はいかがでございましょうか」 


 この屋敷に従事じゅうじしているメイドだった。快活かいかつなミハイルとは違い、機械的な声調せいちょうで発される言葉。


「アタシの事なんかどうでもいいわ……」 

左様さようでございますか」 

「……」 


 流れる沈黙。

 リザはというと、メイドを気にも留めずに、優美ゆうびな字でしたためられた手紙の内容を思い出していた。


 リザ・ノートン様

 

  梅雨時つゆどき、どこか憂鬱ゆううつになってしまうような気候が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。わたくし、「レッカー」というパスタ屋のペペロンチーノが絶品でお気に入りなので是非、今度一緒に食べに行きましょう。少し気恥ずかしいですが、この度はこれまでの感謝、そして伝えたいことがございますので御手紙をつづらせていただきました。

 

 元々、私の実家は魔女として実力を向上させるということは全く考えておらず他の魔女に見つからないようひっそりと暮らしていました。そしてとにかく人のため世のために家事全般の技術や博愛はくあい心得こころえをこの身に叩き込んできました。しかし、味気あじけない日々に少しずつ退屈、面倒になり家を飛び出して来たのです。贅沢な悩みですよね。自分でもそう思います。そして毎日少しずつ練習した魔法の一つの変化へんげ魔法を使い黒猫となり白帝界に忍び込み、血の気の多い魔女が集まって日々どんな生活を送っているのかを知りたいと思ったのです。ドジな私は、潜入した初日にリザ様に見つかってしまいました。ですがよく可愛がってくださいましたね。ニャーとしか鳴けない私に必死に話しかけたり。ご飯も分けてもらいましたし寝床まで用意してもらいました。何と言っても、あの温かい気持ちになるような撫でられ心地は最高です。心より感謝しています。


 そして。毎日穴が開くほど魔法書を読んだり、筋トレをしたり、何度も魔法を放ち研究、血争劇に勝利して勝ち上がっていく姿を見せてくれたこと。これは私にとって大きな葛藤を生み出しました。敗北した魔女はみな絶望し、打ちひしがれていましした。それは私の心に黒いなにかをもたらしたのです。言い表せない、負の感情。そこでもし、リザ様が負けてしまった事を考えたら気が気ではありませんでした。しかし「リザ様のようなかっこいい魔女になってみたい」と強い憧れも抱きました。モノクロのような景色だった世界が、晴れ渡ってみるみると明るくなったんです。果たして魔女の在り方は何が正しいのか。一緒に考えてはくださいませんか。心優しく、強い貴女様ならばきっと正しい答えを導き出すことができると考えております。楽しくも考え深い、かけがえのない日々を与えてくださり本当にありがとうございます。


 変化魔法の縛りで確たる証拠を出せないこと、申し訳ございません。   

 つたない文章ではありますが、私めの想いが伝わっていることを願います。


 貴女様の幸せが、私の幸せ。大好きです。どうかご自愛ください。


 ミハイル・サーヴァンツ


 回年かいねん 次々時つぎつぎとき 或日あじつ

(この世界での年号、月数、日数である)


 そして手紙には、捕らえられている期間で収集したであろうレイチェルに関する経歴を記した文書と、とある誓約書せいやくしょが同封されていたのだった。


 ――色んな他愛のない話もしたけどアタシの友達だった、なんて妄言もうげんだと思ってた。なんならあのクソ女の斥侯せっこうなんじゃないかって思ってたし。でもこの手紙を読んだ今なら分かる。アンタの言ってた事は、本当だったって。何もかもが、終わってしまったというのに。……いや、違うわ。


 両手をグッ、と握りしめて覚悟を決める。


「アタシ、行かなきゃ」 

 

 指を鳴らして光を纏う。そして瞬時に部屋着へやぎから、高貴なロイヤルブルーとブラックがベースのカラーである貴族のような魔法衣マジックケープに着替えた。これには対魔法の特殊な加工がほどこされている。

 そして窓を開けて。勢いよく飛び降り、闇黒あんこくの杖を召喚して跨った。


「必ずしてやるわ」 


 声色は、闇よりも深い。

 受け継いだ希望をたたえた瑠璃色の左目、怨恨えんこんの記憶を深く刻む漆黒の右目を心でぎ、歪な決意を胸に行く先をにらみつける。

 杖は、全速力で「白帝界」へ向かった。沢山のメイド達に見送られながら。


『いってらっしゃいませ、リザ様。どうかその道に、さち多からんことを』 

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