第五幕 無情

 舞い上がった土煙が徐々にき消えていく。そこに現れた光景は、草木が焼け焦げて赤みを帯びた地面が露出した荒野。それが辺り一面に広がっている。荒野の中心から少し外れた所に、膝をつきながら深く傷を負ったメイドを抱きかかえる、青髪の魔女の姿があった。


「ミハイル! ねぇミハイル! お願いだからしっかりしてよ! ねぇ!」 

「わた、しは……だいじょう、ぶ、ですから……っはぁ、まだ、終わって、ませんわ」 


 ミハイルをゆすり、涙ながらに訴えるリザの目の前には。


「目標はされましたが……丁度いいですね、その女は私と共に来てもらいます」 


 宝玉を片手に、冷ややかな目で二人を見下ろす金色の魔女がいた。

 発言に対し疑問を覚えたリザは、涙ぐんだ声で問う。


「来てもらうって、なんでよ」 

「……山で襲った時もその女をさらうために来たの。でも――。まぁいいわ。さぁ、どいてくれる?」 


 しかし、微動びどうだにしない。微塵みじんも動かない。断固だんことして引かない。


「……嫌」 

「は?」 


 あたりに立ち込める冷気。リザはぐいっ、と涙をぬぐい大きく息を吸い、ありったけの声量で叫んだ。


「だってもう、アタシの『親友』だから!!!」 


 金色の魔女に向かって放たれる、凄まじい寒風かんぷう


「しまった……!」 


 長い間雨に打たれ、濡れ切った全身。それは手負いのリザの氷魔法でも凍らせるには十分な状態だった。


「クソっ……! 『逆進点』!」 


 金色の魔女は全身が凍り付く前に、赤髪の魔女の待つ自身の住処へと帰還した。

 リザはそれをしっかりと確認した後ミハイルと目を合わせ、ほんの少しだけ口角を上げて話しだす。


「……ねぇ、勝ったよミハイル」 

「えぇ、とってもカッコよかったですわ」 

「えへへ、ありがと」 


 雨は、二人を優しく包み込むような霧雨きりさめになっていた。ゆっくりと流れる時間を、愛おしく嚙みしめる。


「……でも、うぅ、ゼロからどころかマイナスからになっちゃったッ……!」 


 リザの目から再び涙が零れ落ちる。リザ達の罰則の一つ目は「赤髪の魔女の宝玉を金色の魔女に譲渡する」ことだった。次に二つ目。「固有魔法『氷弾』の封印」。魔力を制限された彼女にとって一番効率が良く使い勝手の良い魔法だった。そして三つ目は――。


「そんなことないですわ。まだ戦闘技術は失われていないようですし、使える魔法もございますでしょう」 

「でも……」 

「またここから始めましょう。何かを始めるのはいつだって遅くなんかないですわ。それに……」 

「それに?」

「私の事をやっと友達……いいえ、親友と呼んでくださいましたね」 

「え……うん。ちょっと恥ずかしいけどね」 

「凄く嬉しいです」 


 互いに、はにかんだ笑顔を見せる。


「リザ様、これを……」 

「?」 


 丁寧に包装された手紙が、ゆっくりと手渡される。


「ミハイル、これは」 


 それを口頭から伝えることはもう、なかった。

 そしてミハイルは真っ直ぐな目でリザを見て、言葉を選び、つむぐ。


「……私は、信じてます。貴女がこれからきっと正しい道を歩む事ができるのを……。頑張って、くださいまし――」 


 零れた涙をすくいあげるように頬に手を添えて、微笑みながら……。

 意識を失った。


「え、ねぇ、待ってよ、冗談でしょ」 


 目の前にある受け入れがたい現実を、認識してゆく。


「……」 


 少しずつ、少しずつ。


「……う、あ」 


 そして少女は――。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 


 何処からともなく飛んできたシャボン玉が、くうで弾けた。


 奪い、奪われ続けるしかないこの世界に答えはあるのだろうか。


 苦悶の顔をした樹木は、いまだに歪んでいる。

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