幕間 其ノ壱 変革

『申し訳ございません、レイチェル様。メイド姿の女性は連れて帰る事ができませんでした』 


 暗がりの部屋、赤髪の魔女と金髪の魔女は赤絨毯レッドカーペットが敷かれた床に膝まづいていた。


「……そう」 


 二人の正面には玉座が一つ。そこに足を組み、頬杖ほおづえをついて鎮座ちんざするのは大魔女、レイチェル・エル・エスパーダ七世。


「私、今最高に機嫌が悪いわ」 

『……』 


 何も言い返せず、黙り込む。


「話を聞いているのかしら!」 


 レイチェルが立ち上がり、ヒールの音を一度だけ鳴らすと赤髪の魔女の足元が結晶に固められた。


「ぐうっ……!」 

「ライちゃん!」 

「覚悟はいいかしら。歯を食いしばるのよ、ライド」 


 音を立てずに一瞬で赤髪の魔女の眼前へと移動した。


「いつの間に……!? うぐっ!」 


 左手の拳、魔法で生成したダイヤモンドの指輪を付けた部分で全身を殴打する。


「いいわ、その鳴き声。もっと聞かせて頂戴ちょうだい」 

「っ、やめてください! 私の大切な友達なんです!」 


 友の為に勇気を振り絞って反抗した金髪の魔女。

 しかし声は届かず、同じような殴り方でゆっくりと痛めつけられていく。


――このままじゃライちゃんが! どうしよう……! このまま黙って従えば許してもらえる? それとも……。


 これまでと、これからをはかりに掛けて葛藤する。彼女が選んだ答えは――。


「さぁ、次はどうやって遊ぼうかしら」 

「ぐ……」 


 ボロボロな状態の赤髪の魔女。


「……!」 


 背後から急激に上昇する魔力を感じた。


「馬鹿者! 私の事など放っておけ!」 

「残念ね、叛逆者うらぎりもの」 

でごめんなさい、レイチェル様。 『離脱エスケープ』」 


 決意を胸にして魔法を唱える。

 二人は、どこかへ瞬間移動した。




◇◇◇




 月明りが照らす、とある町の一軒家。二人の魔女が休息をとっていた。


「ライちゃん、判断が遅くなっちゃってごめんね。こんなことするなら置き手紙でもして逃げればよかったかな」 

「違う、報告をしに行ったことは間違いではない。ミラが私など置いていけば良かったのだ」 


 ベッドの上に布団をかけて横たわりながら、赤髪の魔女が訂正する。


「そんなこと絶対にしないよ」 


 コーヒーをれながら優しく微笑む、ミラという金髪の魔女。


「……昔からお前は甘すぎる。魔女は魔女らしく傍若無人ぼうじゃくぶじんな生き方が丁度いいというのに」 

「そうかな」 


 赤髪の魔女、真名をライド・エモツィオーネという。

 とある王国の騎士だった。隣国りんごくとの戦争で将軍を打ち取ったりと国にとって様々な武勲ぶくんを残した。だが多くの国から恨みを買い、賞金首として狙われてしまう。結果、治安を守るという国王の判断により国を追放された。


 そして金髪の魔女、真名をミラ・トゥルエノという。

 ごく一般的な魔女の家庭に生まれたが、優秀な姉がいた。魔女の本質のせいだろうか、ミラの中に渦巻く劣等感は家族全員に伝播でんぱし日々差別的な扱いを受けることに。ついには家から勘当かんどうされる。


 二人の大魔女に匹敵ひってきする才能を見抜いたのはレイチェル。 

 途方に暮れていた所に声を掛け、自らの部下とした。


「はい、コーヒー」 

「ああ、ありがとう……待て、自分のはどうした?」 

「……」 


 無言で私服を脱ぎ出し、漆黒の加圧式戦闘用スーツへと着替える。


「おい、まさか――」 

「大丈夫」 


 右手で左手首をつまみ、スーツをキュッと引き締めた。


「今度は、私が貴女をまもる番」 


 振り返えらずに、右目だけを闇黒に落として呟く。

 そうして部屋から出て行った。


「行くな! う、ぐっ……くそ、こうまで自由が効かないとは。無事でいろよ、ミラ……!」 


 落雷が、それに返答した。


 

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