第ニ幕 残滓

 晴れ渡る空と広大な澄んだ湖が一望いちぼうできる、開けた山道。この辺りの地域に名称めいしょうは無いが、自然豊かで清雅せいがなこの景色は見ればきっと心にゆとりをもたらすだろう。

 

 そんな景色に脇目わきめも振らず足早あしはやに歩く魔女と、それに必死についていくメイド。


「ですから! わたくしは貴女様の友達だと言っておりますのに! なんでわからないんですかっ! もう!」 

「あー、もうわかったよしつこいなぁ。じゃあそういう事にしておくってば。あ、アタシの復讐だけは邪魔すんなよ、マジで」 


 宿屋を出立しゅったつした後も、歩きながら二人の問答は続けられていた。


 このメイドの女性はリザの「友」であると言い張っており、真名をミハイル・サーヴァンツと名乗っている。由緒あるメイド一家として生まれ育った彼女。突出とっしゅつした才能はないが、れっきとした魔女だ。 傷を癒し、朝食を用意したのは彼女だがそれまでの経緯いきさつを話しても何故なぜかいまいち信用されていないらしい。


「まぁ、いいですわ。コホン、それではレイチェル様への対抗策ですが――」 


 ミハイルが腕を組み、指を振りながら得意気とくいげに発言しようとした。


 次の瞬間。


 ボウッ、と弾丸のような高速の火の球がこちらへ目掛けて放たれた。


 が、凄まじい反応速度でリザはミハイルを遠くへ突き飛ばし、さらに自らも少し後方へ回避した。


「ヒヒッ、丁度いい相手みーっけ。アタシの経験値の足しにしてやるわ」 


 キャッ、と体勢を崩すミハイル。

 見上げると、杖に跨って魔女が浮遊していた。

 リザはおぞましい笑みを浮かべながら、鬼のような形相ぎょうそうで睨みつける。


「今ので仕留めそこなっただと? 確かに標的の家名を奪ったとレイチェル様はおっしゃっていたはずだが……」 


 白のローブをまといフードを深く被った、レイチェルの部下らしき魔女が怪訝けげんそうに呟いた。


 疑問を払拭ふっしょくする暇を与えず、リザが魔力を込めた指先で複雑怪奇ふくざつかいき紫紺しこん紋様もんよう眼前がんぜんえがき、告げる。


「『原初の魔女に誓う。我が血を懸ける』」 


 血争劇の、儀式である。


「ちょっ、リザ様!? 今の状態で血争劇を申し込んだら対価は――」 

「いいから見てなって。今からあの雑魚、ボッコボコに叩きのめすから。アハッ」 


 家名のないリザにとっての血争劇での対価は――命である。

 しかしリザはひるむことなく、ミハイルの言葉を遮り敢然かんぜんと左手に黒色の杖を召喚し臨戦態勢を取る。


「貴様、正気か!?」 


 白い魔女はあまりの無謀むぼうさを目の前にして気圧けおされた。だが。


「……いいだろう、受けて立つ。せいぜい後悔するんだな。『原初の魔女に誓う。血争劇、開幕ブラッディシアター オープン』」 


 覚悟を決め、魔力を込めた指先で紋様を指差しながら告げた。

 紋様が砕け散り。

 紅蓮ぐれんの炎のように燃え上がる闘いの火蓋が切って落とされる――。


「舐めるなぁっ! 今の貴様に勝てる道理どうりは絶対にない! 『炎刃円舞ブレイズエッジ・ワルツ』!」 


 憤怒ふんぬの感情のまま杖から飛び降り、きりもみ回転しながら空間にいくつもの魔法陣を展開しそこから絶え間なく、無数に炎の剣を発射する。白いフードが脱げ長髪をゆわえたポニーテールの赤髪と、常闇とこやみの双眸が露出ろしゅつした。まさに火の雨、といえる光景が上空一面に広がる。


 魔女には、生まれつき備わった固有魔法と鍛錬たんれんなどによって会得えとくする基礎魔法が存在する。例えば、赤髪の魔女は火に特化した炎魔法えんまほう、リザならば氷に特化した氷魔法こおりまほうである。そこへ多種多様な基礎魔法が教わる、編み出すなどして身に付いていく。更にこれらは基本的に初級・中級・上級と、体得たいとくの難易度に分かれている。


「自作した魔法ね。中級の上振れって所かしら。確かに物量は十分だけど粗すぎるわ、あの女ならもっと精密に狙ってくる」 


 飛来ひらいする炎の剣を舞踏ぶとうするように寸前でかわす。

 少し手前に着地した赤髪の魔女へと着実に歩を進めていった。


「す、凄い……! 制限された力を技術でおぎなっていますのね!」 


 思わず感嘆かんたんの声を漏らすミハイル。


「そこまでだ! その状況でこれは避けれまい! 『獄炎ヘルフレイム』!」  


 術者が上級魔法を唱えると頭上で浮遊していた焔色えんしょくの杖が巨大な火球に形を変え急降下。剣から派生して形成された炎の円陣に囲まれているリザを押し潰そうとしていた。


「リザ様ッ!!!」 


 響き渡る、ミハイルの悲鳴。


 刹那せつな


 突き付けた杖の先から高速で放たれた、たった一つの氷の結晶が――。


 パキ、と赤髪の魔女の下顎したあごに直撃した。


「ガッ……ア……!?」 

「『氷弾アイスショット』。もう遅いわ、射程圏内よ」 


 術者が気絶したためはかなくもかき消える、燃え盛る炎の舞台――。


 確かに彼女の魔力、身体能力は大きく退化した。しかし何年も積み重ねてきた白帝界の戦闘経験そのもの、血のにじむような努力は微塵みじんも失われていなかった。


「リザ様ー! 超・絶、カッコ良かったですわ! れします! あっ、宝玉は手に入りましたの?」 


 と、ここで後方で見守っていたメイドが明るく手を振りながらわたわたとこちらへ駆け寄ってきた。


「ええ。これでやっと本調子の十分の一くらい、ってとこね」 


 振り返り、不気味な笑みをたたえて返答したリザ。その手には赤髪の魔女の家名、「エモツィオーネ」が刻まれた宝玉が光っている。


 リザが現状から手っ取り早く実力をつける方法は大きく分けて二つ。

 一つ目の方法は、血争劇で家名の刻まれた宝玉を奪い取る事。

 二つ目の方法は、誰かから名義めいぎを借りること。


 この世界では血筋によって魔女としての能力値が大きく左右される。名家であれば、生まれ落ちたその瞬間から魔女として生きる事を決定づけられたようなものである。またリザはミハイルからは意地を張って名義を借りなかった。「それは何か……嫌よ、嫌」という理由付けをして。


「……でも」 

「何?」 


 ミハイルが何やら悶々もんもんとした表情をしながら疑問をていした。


「でも、可哀想じゃないですか? 家名を奪うことって」 

「……ハァ?」 


 それを聞き、眉間みけんにしわがよってしまうリザ。


「だって……その人にとってはとても大事なものでしょう」 

「何寝言いってんのよアンタ。魔女ってのはね、奪うか、奪われるかの世界でしょ。それが当たり前、普通のこと。よく知ってるはずよね」 

「し、しかし……」 


 二人が甲論乙駁こうろんおつばくを交わしているその間に、事は進んでいた。


「『逆進点リターンポイント』! 遅れてごめんね、ライちゃん」 

「ミラ! かたじけない!」 


 リザは勢いよく振り返る。が、もう遅かった。突如とつじょ現れた白い魔女が赤髪の魔女に寄り添い繊手せんしゅを振りかざす。二人の身体が輝きだして消えた。任意の場所へと帰還する中級の基礎魔法で逃走に成功したのである。


「オイ待て! 逃げんじゃねぇ! クッソ、アンタのせいでまんまと逃げられたじゃない! キィー!」 


 激しく地団太じだんだを踏みながら悔しがり、文句を吐くリザ。


「えぇっ、わ、私のせいでございますか!?」 

「他に誰がいるんだよ! お前ホントいい加減にしろよ! 甘ったるい事ばっか言いやがって! 何年魔女やってんのよ!」 


 ズンズンと歩を進めて詰め寄った。今にも首に手をかけそうだ。

 ……と、ここで腹のなる音がした。


「チッ」 

「あ、ああー! 確か近くの町でお祭りがやってますわ! 行ってみましょう!」 

「は? 何言ってんの? 行かねぇよ」 

「魔力は、栄養から生成されますわよね? 合理的では? そして何より、お金は持ってますの?」 


 クソッと言葉を吐き棄て、町へ向かうリザ。

 それを見て、ニヤニヤしながらついていくミハイルなのであった。

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