没落魔女(ウィッチ)の復讐劇

楪 紬木

第一幕 開幕

 嵐の夜、大海たいかいの中心。

 鋭く巨大な岩礁がんしょうに囲まれて純白の孤城が居を構えている。

 その城の屋上直前、いくつかの石柱に支えられる円型フロアにて。

 己の全てを懸けた血で血を洗う魔女ウィッチ同士の闘争が、幕を開けていた。


「よくも、よくもやってくれたわねッ……! 卑怯なことしやがってこのクソアマ……!」 

 

 少女の可愛げのある声色こわいろを台無しにしたうめき声が、響き渡る。

 とんがり帽子が特長的だが、瑠璃るり色の長髪と同色の双眸そうぼうはさながら鷹の如く鋭利えいり

 しかしながら顔立ちは可愛らしい。

 濡れ羽ぬ ば色をした傷だらけの装束しょうぞくを纏う、小柄な少女が床にいつくばっていた。

 彼女の真名まなを、リザ・ノートンという。


「あら、弱みを見せたらそこを突くのがたたかいでしょう? みじめったらしい雑魚の言い訳ね、ウフフ」 


 屋上へと繋ぐ螺旋らせん階段に腰掛けて甲高い声で嘲笑あざわらう、スラッとした長身ちょうしんの女性。

 黒々とした瞳は切れ長。ウェーブのかかった白銀の長髪。

 ボルドーリップが塗られている瑞々みずみずしい唇。

 銀色の装飾が散りばめられた真紅の派手なドレスは露出が多く、そのなまめかしい肌を露出させていた。

 ややもすれば、薔薇と見紛みまがってしまうであろう相貌そうぼうだ。

 彼女は真名をレイチェル・エル・エスパーダ七世といい、由緒ゆいしょ正しいエスパーダ家は最強とうたわれる大魔女ハイ・ウィッチの正統な血族の一角いっかくである。


「つまらなく、あっけないけれどこれで幕切れね。さようならリザ・ノートン……いいえ、」 


 レイチェルが指を鳴らすと。

 耳鳴りのような音を立てて優に百を超えるルビー色の結晶が虚空こくうに形成される。そしてそれが勢いよく射出された。


「――ッ、ハァッ!」 


 リザは、這った状態からその身を真横へひるがえして石柱の隙間から外へ逃れる。

 それと同時に、手元へ黒色こくしょくの杖を召喚しそれにまたがって魔力を込め急速に推進させた。次第しだいに夜のとばりの向こうへと消えていく。


「もう二度と会うこともないでしょう……あれだけの才能がありながら残念ね、ウフッ、ウフフッ」 


 これでもかとあざける魔女の手にはいつの間にか、と文字が刻まれたあやしく光る宝玉が握られていた。




◇◇◇




 嵐の中、青髪の魔女は杖の浮遊する出力を必死に上げながら行く当てもなく、敗北までの全てを思い出し歯嚙みして移動する。


「奪られた……全部……。居場所も!」 


 彼女が奪われたものはまず、「住処すみか」。


 リザには魔女としてずば抜けた才能があったため衣食住、そして魔法の研究に困らない「白帝界ローシュタインルーム」へ招待されていた。生活に縛りはなく、基本的に自由である。しかし、白帝界では「血争劇ブラッディシアター」という戦闘の機構システムで敗北した時、そこに在籍する権利を剥奪はくだつされ、自動的に除籍じょせきリストへ名と経歴が刻まれる。そうして優秀な魔女を競争させ、りすぐる。


「唯一できた、友達も!」 


 次に「友」。


 白帝界での生活の中で、どこからか城に迷い込んだ黒猫と友達になる。これまで孤独にただ只管ひたすら強くなるため、自主的な学問や訓練、血争劇に明け暮れるだけの日々だったリザにとって初めての経験であり大きな心の支えとなっていた。しかし、その友をレイチェルに捕らえられてしまいリザは血争劇を仕掛けることになる。例え敗北が分かっていたとしても。


「――ッ、アタシの、アタシの大切な名前もッッッ!!!」  


 そして「家名かめい」。


 この世界で魔女同士のみ行われる血争劇という勝負に負けること、それは「相手に家名を奪われる」ということ。勝敗は、この機構を作った原初の魔女という概念がいくつかのルールを基盤きばんにして判定する。 勝者は対戦相手の家名が刻まれた宝玉が手に入り、それを保持ほじすることで魔力を含む身体能力が向上する。敗北者は能力が低下し、家名を無くしてしまう。


 リザが今まで磨穿鉄硯ませんてっけんたる努力で得た宝玉も、居場所とともに奪われた。


 そして、リザにとって大きな意味を持つのは家名そのものだった。彼女は生まれつき母親しかおらず、幼少期から魔女としての生き方を説かれながら大事に育てられてきた。また、白帝界への招待は母の謎の失踪と引き換えに送られてきたものだ。彼女は直感で母が自身の命と引き換えにくれたものだと理解し、覚悟を決めた。


「フーッ……決めた。絶対に許さない。あぁっ、ふざけんじゃないわよ! どんな手を使ってでもアイツにしてやるわ! 絶対に、絶ッッ対に!」 


 吐き気をもよおすほどにこみ上げてくる憎悪を絶叫と共に吐露とろする。

 ……しかし、その魔女はいまだ幼い少女。

 その感情は少しずつ、少しずつ崩れ去っていき。


「……くっ、うっ、うぅううう……うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 


 慟哭どうこくが、闇夜に響いた。

 彼女はこの日の怒り、憎しみ、悲しみ、そして悔しさを決して忘れないだろう。

 ここから、何もかもを奪われた彼女の復讐劇が幕を開ける――!




◇◇◇




 眩しさに目を細めたくなるような煌々こうこうと輝く空間の中。


 長髪を左右になびかせながら歩く、ドレスをまとった母。リザは息を切らして走り、その背中を追いかけていた。必死に手を伸ばしても届かない、つかめない。


『ねぇママ、どこにいくの? 待ってよ! ねぇ、ねぇってば!』 

 

 喉が張り裂けんばかりの呼びかけもむなしく、光の中へ消えていく母。


『行かないでッ――!』 


 叫ぶと同時に、ベッドから上体が跳ね起きて目が覚める。


「ハァ……ハァ……。夢、ね……」 


 自身の今の気分とは裏腹に陽光が射す窓を強くにらみつけながら見ながらふぅ、と一息つく彼女。寝間着ねまきから着替えようとしたその時、優しい声がかけられた。


「おはようございます、ご主人様。どこにも行きませんよ。昨晩、あれだけの傷を負いましたからね。悪夢を見るのも無理はないです」 


 窓の方向から振り返ると。


 翡翠ひすい色の短髪と瞳に、眼鏡をかけたメイド服の女性がたたずんでいた。


 リザは昨晩、手元にあった数少ない銅貨で自然豊かな山奥にある人気ひとけのない宿屋に泊まる事を決めたがメイドを雇った覚えはない。


「……は?」 

「なんでしょう、ご主人様。朝食の用意ならできていますよ。どうぞごゆっくり。」 


 目の前の皿には、ふわふわなトーストやアツアツの目玉焼き。それが小綺麗こぎれいな配膳台の上にならべられていた。それを一瞥いちべつしたのち、リザは小首をかしげて顔をしかめながらメイド姿の女性を見やる。


「いや……誰よ、アンタ。怖いわ」 


 当然の感想である。

 朝食をとりながら簡単な事情を説明する為の問答もんどうが交わされた後、二人はとりあえず宿屋を後にしたのだった。

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