第三幕 教典
名も無き山道から一番近い町、ガナール。古くから残る
「腹が減っては
ミハイルは、通りの人
「邪魔すんなって言ったのもう忘れたっての!? 離しなさいよ! よだれも
「てか、お金どんくらいあんのよ。アタシもう持ってないわよ、
「手持ちなら金貨が二十、ございますわ」
その気になれば店の一つを買える金額である。
ドヤ顔に加えて格好をつけた声色で返答された。
「ムカつくわ……そういえば実家が
再び前を向いたミハイルは指差ししながら店を決める。
「どーれーにーしーまーしょ……あ、まずは何と言ってもこれですわ! うーん、でも混んでますわね」
困った末に
「……『
「おい!?」
魔法を繰り出すことだった。対象者の行動速度を一定期間上昇させる。長蛇の列だったが、急速に人が
「バレたらどうすんのよ……消されるわよ、アンタ」
一般人に魔女の魔法は認識できない。だが万が一、面倒な事になるのを避けるため魔法の行使はみな自重してきた。更に、魔法の行使を取り締まる者もいるらしい……。そうして魔女はなんとか長い間ただの伝説として語り継がれる程度の認知となって現在に至る。
そんなことは
「これを二つ、お願いしますわ!」
「ヴィスカット二つね! あいよ!」
「……」
リザは、ミハイルのあまりの身勝手さに思考を放棄して栄養補給の時間だと割り切る事にしたのだった。
そしてバンダナをつけた
「ヴィスカット二つ、おまちどう!」
差し出されたのは、
「いただきまーす!」
二人でともにヴィスカットというものを食す。
口内に広がる柔らかい甘さ。ふわふわな外側から解き放たれてシャキシャキとした食感が続く。最後にカリッと音をたてて
「……美味しいわね」
「でしょー! さ、どんどん行きますわよ! うひひ」
「もっと味わってからにしなさいよ! あとよだれを垂らすな! 引っ張るな!」
二人は通りを突き進み、様々な味に
◇◇◇
十二。これが何の数字かというと、リザとミハイルがガナールで回った屋台の店舗数である。さすがに満足して、人通りの少ない裏路地へ。木製のベンチに腰を掛けていた。
「うぷ、お腹いっぱいですわ。何でリザ様はその体型を
風船のように膨らんだミハイルに対し、シュッとした体のラインを
「だってさっき
「これは魔法ですわね、絶対」
「話を聞けよ、ダメイド」
「ダメイドて……」
ピシ、と眼鏡にヒビが入った気がするが気のせいだ。顔は少し引きつっているが。
「じゃ、もうアタシ行くから。じゃあね」
立ち上がり、伸びをしてから歩き出すリザ。
「待っ、てくださいまし! うっ」
ベンチから身を起こそうとしたが、体重に引き戻されてしまう。ふふっと自身に失笑してから。
「『
栄養を魔力に変える基礎魔法を唱えた。ミハイルは食後の満足感を味わうために基本使わないようにしている。早食いはするが。
「リザ様!」
「もういいでしょ。十分楽しかったわ」
「劇! やってますわよね。どうでしょう……?」
本日のメインイベントである劇を推した。なぜか自信ありげに人差し指を突きつけている。リザは少し考え込んでから返答した。
「……はぁ、つまんなかったらすぐ帰るわよ」
「やった!」
勢い良くガッツポーズするミハイル。
魔女は普段、魔法の基礎が
「じゃあ、早速行きましょう! 『進行』!」
「あああああ!」
◇◇◇
町の
「アハハ……食事に
「別にいいわよ、そんなに目悪くないし。あ、アンタは言わなくても分かるわ」
「う……オペラグラス買ってきますわ」
「あと十分しかないわよ」
ドタドタと走るミハイルの背中を見て
そして無事に間に合ったと同時に鐘の音が鳴り、開演――。
タイトルは、「天使の
場面は、劇のクライマックス。リザとミハイルは息を飲んで見守っている。
「ゆ、許して……!」
「絶対に許さないわ……さようなら、ヴィオラ……アハッ」
「ガァァァッ!」
「なんて事を……! き、君は間違っている!」
「間違ってるのはどっちよ! 先に裏切ったのは貴方でしょう!?」
舞台上で繰り広げられる、心を揺さぶるような迫真の演技。
物語に入り込んだリザは王女の
――別に、いいじゃない。納得できるわよ。そんだけの事されたら頭にくるでしょ。アタシだって……。あれ、今なんか。
何かに引っ掛かり、ふと思考が固まって途切れた。
――ワァァァァァァッ!
「ハッ」
会場の
「リザ様、あの方達凄い演技でしたわね! 私、オペラグラスを持っていた手がちぎれそうな事に今気が付きました! 痛い!」
「え、えぇ……そうね……」
グイグイと迫ってくるミハイルを押しやりながら、あれは何だったのだろうと少し気の抜けた顔をしてしまうリザだった。
◇◇◇
夕焼け。
劇を
「そもそもメイドは! あんな悪いことしないと思いませんか?」
「平気で魔法使って列をどけるような事するアンタが言うな」
「あ、あれは誰も損してないで、しセーフでしょう!」
痛い所を突かれて噛んでしまったミハイル。
咳払いをして、話題を変える。
「遅くなってしまいましたし、どこかで宿を取りませんか?」
「……」
「リザ様?」
俯いた状態のリザを心配して声を掛ける。
「嫌よ」
その気持ちを踏み潰すが如く、下から
「え?」
意外な返答と雰囲気に背筋を震わせるミハイル。
「アタシはね、さっさと復讐したいわけ。あのクソ女に。分かる? もうずっっっと
魔女の本能を
「……うーん」
それを聞いたミハイルがばつの悪い顔をしながら
そして重い口をしずしずと開いた。
「リザ様は家名を奪われた時、凄くショックでしたわよね?」
一瞬、ほんのわずかに何か気づいたような顔を
だがすぐにその表情を隠して後ずさり不機嫌そうな面持ちで
「当たり前でしょ。だから何だっていうのよ」
「ですからそれは――」
「だから何だって言うのよ!
発言を
その反応にメイド姿の女性は。
「私は、家名を奪った事はこの生涯で一度もございません」
まっすぐに
「――ッ! 嘘ついてんじゃねえよクソが! もう二度とついてくんじゃねぇ! 気色悪ぃ!」
リザは杖を勢いよく上昇させる。
杖は適当な方角へ向き、引っ張られるようにしてどこかへ飛び去ってしまった。
「リザ様……」
日が落ちきるまで待ってみたが、少女は帰って来なかった。
街頭に照らされて、ただ一人ポツンと取り残されたメイドの肩と頬に水滴が落ちて伝う。それは、今
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