第7話 屋根裏の小箱
狭いところって好きですか?
私は、大好き!
私、多分、生前から狭いところにかぽってはまるのが好きだったんです。
落ち着くんですよね、何だか。
逆に何も遮るもののない広いところに放り出されると、開放感とかよりも落ち着かないっていう気持ちのほうが先に立っちゃって、だめなんですよね。
そういえば、人間にもイヌ派とネコ派がいるらしいですね。
あ、いえいえ、飼うならどっち、とかそういう話じゃなくて。
その人自身の性質が、イヌっぽいのかネコっぽいのかってことです。
私は断然、ネコ派なんだろうなあって思います。
だって、イヌだったら広いところに出たら、喜んで走り回るじゃないですか。でも、ネコって広いところに出されても迷惑そうな顔で隅っこにじっとしてますもんね。
だから、ネコ派。
え? うちのネコは違う? 広いところが好き?
まあ、それならネコの中にもイヌ派とネコ派がいるのかもしれませんね。
と、そんなわけで。
私が今ここにいる経緯をざっくり説明しますね?
死んじゃった後に私が選んだジバク場所は、古い民家の屋根裏でした。
はい、ジバク。
え? 民家を爆破したのかって?
違いますよー。字が違います。
私みたいな霊がジバク場所って言ったら、分かるでしょ。察してくださいよ。当てる漢字なんか一つしかないんだから。
そうそう。自縛場所です。
いわゆる、地縛霊の住所地ですね。
なんか私、死んだらさらに暗くて狭い場所が好きになっちゃって。だから新しいマンションとか建売の家とか、そういうところには自縛する気になれなくて。
え? 地縛霊は生前に因縁のある場所に縛られるんじゃないかって?
さあ、どうなんでしょうねえ。
その霊の勝手なんじゃないですか? 生きてる人だって、大学出てから地元に帰って就職する人もいれば東京に残る人もいるし、海外に行っちゃう人だっているでしょ?
それに正直、もう生前の記憶もあんまりないものですから……。
名前も忘れちゃいましたしね。
こんな格好ですから、性別は一応女だったんでしょうけど。
えーと、話戻しますね。
私がその家の屋根裏で、じっとしたり、ぼーっとしたり、うとうとしたり、ぼんやりしたりとまあいろんなことをしてたらですね。
ちっちゃい箱を見付けたんですね。
ふるーい箱で。中を開けたら、木材の切れ端のようなものを組み合わせた箱型のパズルみたいなものが入ってました。
そうそう、寄木細工みたいな感じの。
で、ぼーっとしながら毎日それをかちゃかちゃやってるうちに、ある日ぱかりと開きまして。
パズルの中には、布でぐるぐる巻きにされたへその緒みたいなものが入ってました。
へその緒って、子供を産んだ証ですもんね。昔の人はこういう入れ物に大事にしまってたんですかねえ。私もよく知りませんが。
だけど私には、それよりももっとずっと気になることがありまして。
せっま。
って思っちゃったんです。
狭いところ大好きな私は、地縛霊になってさらに狭いもの好きに拍車がかかってたんですが、そのパズルの中のへその緒の入ってた空間。
5センチ四方くらいの。
ここ、最高に狭いじゃん。
って思ってゾクゾクしちゃったんです。
だめだ、もう無理。入ろう。
ってなって、自分の身体をぐりぐりとへその緒の隣に押し込んで。
え? 身体のサイズ? あ、ほら、その辺は幽霊なので割と柔軟にどうとでもなるので。
入った後で内側からもう一回パズルを元に戻して。
どうやって? あ、その辺も幽霊なので割と柔軟にどうとでもなるので。
それで最後に箱を内側から閉めて。
あ、はい。それも幽霊なので割と柔軟に。
それからはその最高に狭いスイートルームでゆっくり過ごしたんです。
嫌な顔一つせずにルームシェアしてくれたへその緒ちゃんとも、結構すぐ打ち解けて。
それから、そうですねえ、多分、生きてる人の世界では、何十年か歳月がたったんでしょうけど。
急に箱が、がたりと持ち上げられたんです。
後で分かったんですが、この家の大学生の娘さんが夏休みに帰省した時に、古い家だし何か面白いものがあるんじゃないかと家の中を探してた時に箱を見付けたらしくて。
それで中を開けたら、ぱっと見、完全に面白そうなパズルがあるじゃないですか。
だから、これはいいやと東京に持ち帰ってきちゃったらしいんです。
で、この子も大学生のくせにたいがい暇だなと思うんですが、私の
「ちょっとー。やめてよー。早く閉めてよー」
って文句言ったんですけど。聞こえてなかったですね。
私は目に見えませんから、女の子はへその緒ちゃんを見て、きゃー、とか、何これー、とかはしゃいでました。
それからこの子、休み明けに「面白いパズル見付けたんだけど」って言って、大学の友達数人に見せたんです。
そうしたら、その中に一人、いわゆる霊感の強い男の子がいたらしくって、
「これは持ってきちゃいけないものだ」
って言い出したんです。
私もパズルの中で
「そうそう。持ってきちゃだめよ。早くあの家の屋根裏に返しなさいよ!」
ってぶーぶー言ってたんですけど。
女の子ったら、
「え、そんなヤバいものじゃないよ」
なんて言って、またパズルを解いて私の部屋をフルオープンしたんです。やめてー。広いからー。
そしたら、それを見た霊感男子が、
「だめだ! 目を伏せて!」
って叫んで。
それに触発されたみたいに、他の友達がみんな悲鳴を上げたり、えずいたりして、霊感男子は泣きながらどこかに電話し始めて。
大学生って賑やかでいろいろと楽しそうですよね。
何だかいろいろと誤解がある気がしましたが、私も幽霊なので弁解とかできませんので、黙って見てたんですけどね。ああ、やっぱり陽キャとはノリが合わないわあ……とか思いながら。
え? 陽キャなんて言葉よく知ってましたねって?
まあ、その辺は幽霊なので、割と柔軟に。ええ。
それから、霊感強い子が電話で誰かと話しながら、その人の指示でリモート除霊みたいなことを始めたんです。
途中で「やっぱり俺には無理だ」とか「くそ、こんな時じいちゃんがいてくれれば」とか主人公っぽい弱音吐いたりしながらも、最終的には「俺がやるしかないんだ。やってやる」って言って。
かなり自己陶酔入ってて、見てる私のほうが照れちゃいましたけど、まあ誰にでもそういう時期ってありますよね。
どうでもいいけど、除霊長いなあ。これが終わったら閉めてくれるのかなあ。なんて考えながら待ってたんですが。
霊感男子がながーい息を吐いて、ひと仕事やり切った男の顔になったので、やっと終わったのかと思ったら、
「もうこのパズルは元に戻すことができない」
って言って。え? そうなの?
持ってきちゃった女の子は除霊の最中ずっと泣きながら「ごめんなさい」とか言ってたんですけど、途中で白目を剥いて痙攣したりしはじめて。
あ、はい。私は別に何もしてません。というかそんな力ないですし。だって、狭いところが好きなだけのネコ派地縛霊ですから。
ええ。
雰囲気、ですよね。
場の空気に呑まれちゃうことって、若い人は特にあると思うんです。
集団催眠みたいな。
霊感のある彼は、おそらく自分でも気付いてないでしょうけど、そういう空気を作るのが抜群に上手かったんです。自分の空想にみんなを巻き込む力って言うんですかね。
女の子も、それに当てられちゃったんですよ。それで、知らず知らずのうちに彼の望むとおりの演技をしてしまっていた、と。
映画監督とか向いてると思いますよ、彼。
私でさえ、ありもしない現世への恨みとかを思い起こしそうになりましたもの。
「おのれ、許すまじ」っていう気持ちが勝手に湧いてきて、その後ですぐに「いや、何を?」って我に返りましたけど。
それで、除霊はおしまいってことでそのまま私たちは車に乗せられて、よく知らないお寺に運ばれて。
ええ。そういうわけでここにいます。
この、よく知らないお寺に。
私の望みですか? ありますよ、一つだけですけど。
もう一回このパズル組み立ててもらっていいですか?
またそこに入って、まったりしたいんで……。
え? パズルが苦手?
はあ……じゃあ、あの女の子呼んでくださいよ。あの子、これ解くのうまいから。だめ?
あ、あの霊感男子は絶対だめです。またとんでもないこと言い出すから。次はマリアナ海溝に捨てろとか言い出しそう。
しょうがないなあ。じゃあもう成仏しようかなあ……。
でも、天国って結構広々としてるらしいんですよねえ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます