三文乙六 小春 (2)謝る前に行動して下さい
【ここまでの粗筋】
天然系な主人公「駿河轟」は高校三年生。
愛とツンデレの彼女「ベーデ」や強気の留学生エリーが次々と去る中、漸く寂しさから立ち直った駿河。
だが、偶然、通学電車で知り合ったベーデの従姉「閑香」。彼女の素性を知らずに興味を抱いて接近した駿河は、閑香から今後の身の振り方を問われて動揺する。
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約束の木曜の朝。
「おはよう御座居ます。」
「おはよう。」
心なしか彼女が緊張の面もちで乗り込んで来た。
「今日は、ちゃんとお顔を此方に向けて下さるんですね。」
「まだ不服?」
「いいえ。」
彼女は珍しく座った儘で何も言わない。
「答は用意してきたよ。」
「約束はお守りになるんですね。」
「勿論。」
「亜惟姉様の仰有る通りですね。」
ちらりと見遣ると膝の上に置いた鞄の上で、ハンカチを握り締めている。其の様子から、普段強気な彼女が少し
突然可憐に現れ、強気に振る舞い、健気に待つ、其の変化は彼女の持っている心情の豊かさにも見えた。
そして彼女は、黙っている僕に業を煮やしたのか、心なしか少し震えたような声で訊ねてきた。
「待たなければ…駄目…ですか?」
「え?」
「此の電車を降りるまで、お返事を待たなければ不可ませんか?」
「うん、其の方が良いね。」
ハンカチを強く握り締めている彼女には気の毒だと思ったけれど、きちんと話すために、乗り換え駅まで待った。
* * *
「駿河さん、もう駄目です。どうしたら良いかわからないくらい緊張してるので…、早く仰有って下さい。」
「ごめん。」
「へぇっ? ごめん?」
裏返った素っ頓狂な声と共に、これ以上ないくらい眼を大きく丸くして此方を凝視している。
「違う違う。今のは、降りるまで返事を待たせて済まない、という意味のごめんだよ。」
「…心臓に良くないですから、止めて下さい。もう…。」
「答は、出さない。」
「えぇっ?」
彼女は、へなへなとベンチに
大部長身なので、動きの一つ一つが迚も目立つ。
乗り換えるS女の女子達が、またクスクスと笑っている。
「大丈夫?」
「ん~、駄目かも知れないです。もう限界…。」
ハンカチを握りしめた儘で、しなびた青菜のようにベンチを占有している。
「病院行こうか?」
「あー…、それって駄目だということですよね? 私では。」
「違うって。此の間、君が言っていた『答を出さないのも、一つの答えです』っていうのに倣っただけなんだけど。」
「今の私には仰有っていることが全然判りません。きちんと、駿河さんの言葉で説明して戴けませんか…?」
どうやら彼女は攻撃している間は心身共に強気だが、守勢に回るとからきし駄目になって了うようだ。
僕に返答を迫った先日と今日とでは、同じ人物とは思えないほど動揺している。
「付き合うとか、付き合わないとか、そういう以前に、僕は君のことをよく知らない。だから、白紙の状態から知り度い。ベーデの従妹とかそういう予断無しに。」
「私は、駿河さんのことをよく存じ上げています。」
少し気分を取り戻したのか、ちらりと不満そうな表情を見せた。
「それだってベーデを通じての話と、短い時間での直感でしょう?」
「はい。」
「君もきちんと、自分自身で僕を確かめないと駄目だよ。」
「確かめる?」
「あ、ほら、またそうやって勝手に妙なことを考えてる。ただ『知りなさい』ってこと。」
「はい…。」
「そういう前提で良ければ、此の
「…よく考えてみます。」
「ちゃんと自分の頭で考えなきゃ駄目だよ。」
「分かってます。亜惟姉様に電話なんかしません。」
彼女は首を傾げながら、ぼーっと歩いて行った。
(大丈夫かね…。)
* * *
翌朝、彼女は少しだけ元気な様子で電車に乗って来た。
「おはよう。」
「おはよう御座居ます。」
「乗って来たね。」
「はい、お返事を出せるので。」
「聞こうか。」
「私も答えを出しました。」
「そう?」
「お受けします。其の条件。」
「良いのかい?」
「はい。そもそも先入観で見ては不可ないと言い出したのは私ですし。」
「ベーデのことはベーデのことだ。僕がきちんと彼女に説明する。」
「それはお任せします。私は、目の前の実体だけを信じますから。」
「分かった。」
其の夜、ベーデに手紙を書いた。
「
* * *
翌朝の電車で、シィちゃんは切り出した。
「駿河さんは普段何時頃お帰りになるんですか?」
「大体、五時には学校を出るけど、何で?」
「受験生を呼び出す訳にもいかないですから、せめてお帰りだけでもご一緒に、と思ったんですが、不可ませんか?」
「はっきり決まった時間でもないから、逢えない日もあるよ。君だって部活とかあるだろう?」
「ええ、でも五時には終わりますから。」
「無理をしないって約束を出来るなら良いよ。」
「分かりました。」
* * *
ベーデから返事が来ていた。
「私のことは気にしないで良い。どうぞ彼女をよく見てやって頂戴。但し、彼女を磨くのは良いけれど、間違っても中古品にはしないこと。」
* * *
最初に彼女が口にした通り、毎朝と、帰りに時折、電車の中で逢うだけでも、不思議と相手が分かるものだった。
「準備は進んでますか?」
「何の?」
「大学受験に決まっているでしょう。」
「まぁ、そこそこ。」
「そこそこでは駄目です。きちんと合格して戴かないと。」
彼女は隣席で姿勢を正し、まるで正座で駄目息子に説教をする母親のようにしている。それでも僕は姿勢もだらけた儘で、ぼうっと返事をする。
「不合格じゃ恰好悪いかい?」
「大手を振ってお会い出来ないではないですか。」
「まぁ、そうだね。」
「もう、他人事みたいな言い方をなさらないで下さい。」
ピシャリと膝を叩かれた。彼女はベーデやエリーのように顔を殴るということはしない代わりに、よく膝や尻を平手で叩く。ぱっと見、まだ穏やかなように見えるのだが、これがどういう訳か、頗る痛い。
「あ痛…ごめん。」
「また、そうやって直ぐに謝る。謝るくらいなら、謝る前に、行動して下さい。」
「やってはいるんだけどね。」
「結果もきちんとです。」
* * *
彼女の追求は衰えるところを知らない。
どうして、僕が知り合う女の子というか、僕に興味を持つ女の子というのは、みな追求好きなのだろう。それとも世の中の女の子というのは、皆が皆、揃いも揃って追求好きなのだろうか。
「最近は、帰りの電車で
「ああ、友達と勉強してから下校してるんだ。」
「其のお友達って、男の方? それとも女の方?」
「教えない。」
「それでもう結構です。充分に答になってます。」
ツンと澄ました言い方の後、僕の二の腕を制服の上から抓った。
「…友達に男も女もないでしょう。」
「では、私はお友達ですか? 駿河さんの。」
「鋭い処を突いてくるね。シィちゃん将棋強いでしょ?」
「墓穴ですよ、駿河さん。」
「君はいつだって誘導尋問だな。」
「隙が有りすぎなんです、駿河さんは。」
「今は太平の世だからね。」
「そうですか? いつだって戦乱の世ですよ、男女の仲というものは。」
「意外とアグレッシブなんだな、シィちゃんは。見かけによらず。」
「女性は皆、何処か情熱的なものです。」
確かに彼女の言うとおりだと思う。
「表面的に情熱的な人よりも、芯に秘められている人の方が恐い。」
「私は恐いですか?」
「恐いねぇ。」
「お嫌いになりました?」
「恐いこと=嫌いだということなら、あのベーデと二年間も付き合っていられないよ。」
「そうですね。」
口元を隠してクスクスと笑っている。きっとこうしたやりとりの一部始終も、ベーデには筒抜けなのに違いない。
「駅だよ。行っておいで。」
「駿河さんもお気を付けて。」
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