三文乙六 血縁 (2)私では不服なんですか?

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は高校三年生。

 愛とツンデレの彼女「ベーデ」(長期留学へ)と強気の留学生エリー(既に帰国)との楽しい日々も過去の話。

 漸く寂しさから立ち直った駿河は、通学電車で知り合った女学生と奇妙な縁が出来たが、彼女はベーデの従姉であることがわかり…。

 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



「駿河さん、聞いていらっしゃいます?」

「聞いていますよ。其様なことまでペラッペラと喋ったの、『亜惟姉様』は?」

「駿河さんは、そういう認識ではないんですか?」

「…そういう認識も何も…。」

「では何も問題は無いですね。お二人とも意見は一致しているのですから。」


 今度こそ今までとは違うタイプの《女の子》だ、と思っていたのに、気が付いてみればぐるっと回って一周し、元に戻って了っただけという状況に、ある意味、否、相当のショックを受けていた。攻撃型アグレッシヴの女の子から離れられる日は来ないということだろうか?


「私では不服おいやなんですか?」

「ひぇ、え、何が?」

「何が、ではありません。お付き合いの相手としてです。気がついてみれば先刻から、すっかり私のことを子供扱いなさってるではありませんか。」


 最早既に《閑香さん》などと気取って呼べる脳ではなかった。

 こういう状態になる以前であれば、「滅相もない、勿体ないくらいのお話で。」と平伏して瞬時に押し戴くくらいの相手ではあっても、それはあくまで《これまでの誰とも関係がない女の子》であったときの話だ。

 してや、つい半年前まで二年間付き合った彼女の血縁とあっては簡単に済むような話ではない。


「はぁ…。」

「んふ。亜惟姉様が仰有った通りですね。」

「今度は何と?」

「最後に結果はきちんと出すけれど、結構時間がかかる、って。」

「結果?…ああ、どうしてだろ…。」

「駿河さん、今、どうして、って仰有いましたね」

「言ったよ。海外に居る彼女だか彼女じゃないのか分からなくなってしまった女の子の存在に、おまけに新しく知り合った子が全くの他人ならまだしも、従妹だって言うんだから。」


「駿河さん、宙ぶらりんの三重奏ですね。」

「君、この場で何を、冷静に分析しているの?」

「だって、亜惟姉様の存在が一つ、私と姉様の関係で二つ、駿河さん自身の優柔不断で三つ。」

「辛辣だねぇ…。」


「それで、私のこと、お嫌いになりました?」

「何か? 俺は、神様に何か試されてんのか?」

「エリーさんのことも有ったし?」

「どうして知ってる?」

「亜惟姉様。」

「あぁ、そう…。」


 僕の狼狽と落胆とは好対照に、彼女は落ち着き払った様子で淡々と続けている。


「でも…どういう道にしても、選ぶのは駿河さんの自由なんですよ。誰も縛り付けてなんか居ないですわ。」

「何かい? じゃあ、君は本当に僕と付き合い度いとでも言うのかい?」

「先刻の発言は手札のほんの一枚ですよ。喩え話ではないですか。切り札を最初に見せて了う女の子が何処に居ますか? それとも、そういう保証が無ければご自身から告白も出来ないんですか、駿河さんは?」

「ごめん、言い過ぎた。」

「私もです。今日は一気に色々なことがつながって、お疲れでしょう。」


 彼女はソーダ水を飲み終え、口元を紙ナプキンで拭いている。

 其の所作しぐさは、いつまでもグレープフルーツ・ジュースを飲み終わらずにガラガラとかき回している許りの僕とは段違いに落ち着き払っている。


「アドバンテージを握られた上に、気まで遣われている俺って…。」

「其様なに僻むものではありませんよ。敵から送られた塩を素直に使うのも戦い方の一つです。」

「敵?」

「物の例えではありませんか。些末な言葉一つに拘るようでは、煮詰まってる証拠ですよ。」

「そうだな。確かに君の言う通りだ。」


「大サービスで申し上げれば、答を出さない、というのも一つの答でしょう。」

「うわ、君、さらりと凄いこと言うなぁ。」

「駿河さんが単純で、お人好しなだけです。」

「あぁ、そうですか。」


「アノ亜惟姉様が好きになったのが分かります。」

「そう?…もう何も聞こえないよ。」

「折角出てきて戴いたんですから、もうお勉強に帰られるとしても、途中まではご一緒下さいね。」

「君は切り替え早いなぁ。」


「そうそう、サクランボのへたを口の中で結ぶという特技を見せて下さらないんですか?。」

「駄目。」

「えー、どうしてですか?」

「ベーデに止められた。下品な芸を誰にでも見せるもんじゃないって。」

「ほら、そうやって姉様に囚われてる。」

「何を言っても駄目、少なくとも今日は。」

「つまらないです。」


 *     *     *


 むくれている彼女を連れ出し、地下鉄に乗る。

「もうお帰りになるんですか?」

「僕は受験生なの。」

「冷たいんですね。釣った魚には餌をやらないタイプですね、駿河さんは。」


 彼女が普段の距離よりも、若干近付いているのが僕にも分かる。素性が知れたことの安心感で、知り合いに対する距離に変わったのか、それとも親愛の情を示しているのか、余計なことまで考えなくてはならなくなった。


「いつ僕は君を釣り上げたの?」

「あまり理屈許りで割り切ろうとすると疲れますよ。」

「悪かったね。理系なもんで。」

「え? 駿河さんて外交官志望ではなかったんですか?」

「俺は誰と話してんだ? 此処に居る君はベーデか?」

「まぁ、まぁ。」


「物理志望に変えたんだよ。」

「それは何様どんな心境の変化で? あ、勿論、私だけに留めておきます。」

「別にベーデに言ったって構わないよ。少しは話もしたし。心境も無くはないけど、それより興味の問題。」

「そうですか。外交官の方がエリーさんに会えるかも知れないのに。」

「良いの!」


 質問を重ねる度に膝を寄せて顔を近づけてくる仕種は、これまでの女の子には見られなかったもので、そういう間合いの詰め方をされることに慣れていなかった僕は、(決して嫌という訳ではなかったのだけれど)話を打ち切るついでに彼女が擦り寄って来た分以上に、大きく自分の身をずらした。


「…ごめんなさい…。」

「あ、いや。強く言い過ぎた。それで、ベーデは元気なの?」

「知りません。姉様のことが気になるなら、姉様に直接お聞きになって下さい。」

「そうだな。」


 身を避けられたことに気を悪くしたのか、それまで僕の方に身体を傾げていた身体を直し、彼女も真っ正面を向いて了った。


 店に入る前と出た後で、これほどまでに気持ちに差が出来るとは予想すらしていなかった。

 彼女と気軽に話せるという点では明らかな進歩ではあったけれど、其の気楽さは心が通じたというよりも、近所の幼馴染みに会ったかのように、感情を乗り越えたものになって了っていた。

 つまりは、ときめきや未来への期待というものはすっかり失われ、ベーデの刷り直し、というと語弊があるものの、もっと分かり易く言えば自分に妹が居ればきっと此様な感覚なのだろう、という気がした。


 銀座線の低い天井の車内で、二人してがらがらの座席に座っている間も、僕の心からは、もう動揺とかそういうあやふやな気持ちは消え去って、彼女の顔も窓越しにしか見なかった。


「東大…お受けになるんですか?」

「誰が?」

「駿河さん。」

「どうして?」

「先日いらしたご友人は、皆さん東大を受けると仰有ってたって、皆感心してました。」

「其様なの、はったりだよ。」


「お受けにならないんですか?」

「僕は受けない。」

「なんだつまらない。」

「どうして。」

「だって、彼氏が東大生て、聞こえが良いじゃないですか。」

「いつから、誰が君の彼氏になったの。それに僕は女性の装飾品じゃあない。」


 会話が成立し始めたことに気を良くしたのか、窓に映る彼女を見ていると、とりつくしまのない僕相手でも何が楽しいのか、ニコニコとしている。


「じゃあ、何処の大学をお受けになるんですか?」

「キョーダイだよ。京都大学。」

「湯川秀樹博士ですね。」

「まともなことも知ってるじゃない?」

「駿河さんは私のことを一体何だと思っていらっしゃるんですか?」

「ミーハー女子高生。」

「もしかして、がっかりなさってます?」

「否。」


 会話の相手をし始めると、またもや先刻のように、一言一言の都度、身体を傾げて膝を寄せてくる。

 深く知っている訳ではないにしても、彼女の日常の言動からして、其様な浮ついた娘ではないことは明らかだったから、これが《女子校》とか《女の子》のいわゆる所作しぐさなのか知らんと、頭の中が再び混乱しだした。


「がっかりなさっているのでしょ?」

「否、君が言う通りで、幻想を抱いた僕が不可なかったんだ。」

何様どんな幻想ですか?」

「もう良いだろ。」

「あら、駅。ではまた明日。ごきげんよう。」


 彼女の言葉通り、いろいろなことが嵌りすぎて、頭が疲れた日が暮れようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る