二文乙六 壮士 (3)私が私に戻る日

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は高校二年生。

 終始強気の留学生エリーと、愛情深いツンデレな彼女「ベーデ」との間で微妙なバランスをとる毎日。

 武道大会で四傑入りを果たしたエリーは、最近何事にも流されがちな駿河に「必死になっているところをみせてみろ」と迫る。

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「ベーデは駿河の一生懸命な真面目さが好きだと言った。私も駿河は好きだけど、其の一生懸命なのが見えナイ。」

「いつ彼女と其様な話をしたの?」


「其様なことより、どうして一生懸命シナイ?」

「中学と高校は違うからねぇ。」

「だから甘えてマスか?」

「どうだろう? 甘えているように見える?」

「見えマス。駿河は自分の力の半分も出してない。」

「買いかぶりじゃない?」

「カイカブリ?」

「過大評価。」

「駿河は其様なに小さい人間?」

「自分じゃ分からないよ。」


 僕の言葉を聞くと、彼女は漸く眼鏡をハンカチで拭き始めた。一時外していた眼鏡も、収まっていた髪の毛も、最近では再びかけ始め、跳ね始めて、最初の《地味な》エリーに戻りつつあった。


「私、ソレだけが凄く残念。」

「ごめん。」

「謝るのではナクて、私にも日本男児の懸命さを見セテ欲しい。」

「他の部活で見られるでしょ、それこそラグビーとか剣道とか居合道とか。」

「分かってナイね。私は、あなたの懸命が見度い!」

「どうして僕に拘るの。」

「ベーデに言われて興味を持ったカラ。」

「でもそれは過ぎたことだもの。」


「ならば駿河はもう一生頑張らナイの?」

「分からないよ、其様なこと。」

「これじゃ私安心して帰れナイよ。」

「弱っちゃったなぁ」

「何で困る?」

「だって、そう言われたからって、はいそうですか、って頑張れるものじゃないでしょ」


「駿河は何にナルの?」

「外交官、と思ってたけど、最近は科学者も良いなと思って。」

「どちらにしても日本で最高水準の大学はドコ?」

「東大か京大かな。」

「じゃあ、其処に入学シナサイ。」

「簡単に言わないでよ。」


「ベーデは言ってたよ、中学校の時の駿河の努力は並大抵じゃナカッタって。」

「だから中学と高校じゃ違うって。」

「学問を志したなら必死になってやる可きデス。」

「そうなの?」

「そうデス。私も大学で日本に来マス。東大か京大に来られるよう頑張りマスから、ちゃんと合格して下サイ。」

「あららら。」

「良いデスね。」


 エリーがまた来るというのは嘘か真か、どちらにしても言葉としては嬉しいことだったけれど、東大、京大というのは当然並大抵のことじゃない。


「簡単じゃないよ?」

「だからそう言ったんじゃナイデスか。良いデスカ、次に日本で会う時には、一生懸命の駿河を見せて下サイ。」

「次に日本で会うのは来週だよ。」


「アゲアシをとらないで下サイ。デモナケレバ。」

「そういうときは、さもなければ。」

「またアゲアシをとる…もう良いデス!」


「分かったから。」

「分かりマシタか?」

「分かったよ。」

「貴男はやれば出来る人、だから才能を眠らせては不可ナイ。」

「なんだか、また慰められてるみたい。」

「違います。セップンさせてるんデス。」

「前にも言ったでしょ。発憤だってば。」

「あ…」

 また彼女は真っ赤になっていた。


 *     *     *


「それはそうと、エリーは何で日本に来ようと思ったの?」

「神のお導きデス。」

「は?」


「ある晩、私がウトウトしていると、真っ白な光の柱が部屋の中に現れて、其の中に美しい女性が立って言いました。」

「…。」

「東の国を目指しナサイ。草の実と魚を食べ、木と紙で造った家に住む、太陽の子孫たちの国を、と。」

「それで終わり?」

「真面目に聞いてないデスね?」


「だって、マリア様が其様なことを言うなんて可笑しいだろ?」

「Ah, あなたにベーデが付いていることを忘れてマシタ…。」


「本当は?」

「お祖父様とお祖母様から聞いた日本の話と絵本が面白かったからデス。」

「じゃ、後悔してるでしょ?」

「驚いたことは多かったデスけど、後悔はしてィマセンよ。」

「へぇ。」


「何処の国も戦争の後で変わったこともあれば変わらなかったこともアリマス。」

「日本は変わり過ぎじゃないの?」


「どの国でも最も変わらないことがあるんデス。何だと思いマスか?」

「何だろ?」

「一番悪い所デス。」

「ほぉ。」


「人間デスから、何度言われても、何回繰り返しても、其の群れとしての文化で一番悪いところは変わらないンデス。」

「でも、進化論からすると、淘汰されていくんじゃないの?」


「働き蜂の法則って知ってイマスか?」

「ああ、何様なに働き者を選抜しても必ず決まった割合の怠け者が出るって。…何か耳が痛いな…。」

「それと一緒デス。怠けに相当する部分が夫々の文化の悪いところデス。それは変わらナイ。」


「君は、世界中の短所を捜してるの? 悲観論者?」

「いいえ、現実主義者デス。」

「君にとって楽しみって何?」

「珍しいデスね。駿河がこういう話題に食いついてくるのは。どうシマシタか?」


鳥渡ちょっと君に興味が出てきた。」

「風変わりだから?」

「率直に外国人だから。」

「それは中身として? 外見として?」

「じゃあ、こう言ったら分かるかな。外国人という言い方じゃなくて、単に凄く遠い地方に住んでいる、きっと文化が違う人だから。」


「Ja, 分かりマシタ。そういうことならお話に付き合いマショウ。私にとっての楽しみは、普通の女の子と一緒デス。」

「ん?」


「甘いものを食べて、美味しいものを食べて、お友達と話をシテ、身体を動かして、色々な物を見て、沢山寝て、楽しい将来を夢見ることデス。」

「意外だね。」


「何だと思いマシタ?」

「勉強や議論が楽しみで、政治家とか、官僚とか、そういう将来を描いてるのかと思った。」


「勉強も議論も日常で、学生の義務デショウ?」

「元から楽しみとかそういう部類じゃあない訳だ?」

「学ぶ者としての基盤デスから、好きも嫌いもなく上達しなければ不可マセン。」

「そういうのって窮屈じゃない?」

「イイエ、其の道を選んだのデスから、全然。嫌なら、別の道を歩めば良いだけデス。」


「結局、将来は何に成り度いの?」

「お嫁サン。」

「アハハ。」

「何か可笑しいデスか?」

「いきなり観点が変わるからさ。」


「仕事デスか?」

「そう。」

「ならば、何様どんな職業に就き度いかと聞かなければ不可マセン。」


何様どんな職業に就き度いですか?」

「まだ漠然とデスけれど、ヒトを研究し度いデス。」

「本当に漠然としてるね。」

「生き物としてヒトの生態を研究し度いです。行動、言動、思想、文化、文明が何故こういう風に分岐したのか。」

「しっかりとお考えで…恐縮致しました。」


「駿河は…、聞いても無駄デスね。まだ何も考えてないデショウ?」

「お察しの通りで…。」

「楽しみにしてイマス。」

「何を?」

「あなたが何にナルのか。」


「何にナルのか、そうだね、お婿さん。」

「ベーデの?」

「そうそう…、最近、冷たいんだよね…。」

「知りマセンよ。自分で何とかシナサイ。私は何度も忠告したデショウ?」

「そうだね…。」

「それでも駄目ダッタラ…。」

「ん?」

「止めておきマショウ。甘やかすと癖にナリマス。」


 *     *     *


 明日が離校式という日になった。其の時点が来ても、僕は特にエリーと何があったという訳ではなく、お世話役としての任から他の生徒よりも親しくしていた、という事実以上の何も持ってはいなかった。


「日本ではお別れのとき、何をしマスか?」

「武人だったら、出陣は水杯。」

「ミズサカズキ?」

「お酒じゃなくて水を杯に酌んで飲み干してから杯を地面に叩きつけて割る。」

「ああ、Europaでも近いものはアリマス。凄いですね。」

「死に水を先にとるようなもんだからね。」

「流石にそれは悲愴感がありすぎデス。」

「後は花を贈るとか。」

「普通デスね。」

「まあね。」

「Österreichは、こうです。」


 エリーは両手を広げて抱き付いてきた。


「驚かなくても大丈夫。これが普通です。」


 キスという言葉だけで真っ赤になっているエリーが事もなげに言うのだから、そうなのだろう。

 ドラマや映画で見るように、右、左と抱き締めてから離れた。


「お世話になりマシタ。」

「どう致しまして、至らないお世話役で。」

「明日の離校式(ツェレモニエ)をお楽しみに。」

「何?」

「秘密。」

「何だい、勿体ぶって。」

「明日は私が私に戻る日デス。」

「ふーん。」

「離校式が終わったら、一緒に写真を撮りマショウ。」

「良いよ。」

「本当に有り難うございマシタ。」


 これまで写真を極度に嫌っていたとは思えないほどあっさりと記念写真の約束をして、彼女は日本式に深々と頭を下げる礼をすると、マンションのエントランスに消えていった。

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