二文乙六 壮士 (1)味卵も付けて下さい

(1)味卵も付けて下さい


【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は高校二年生。

 終始強気の留学生エリーと、愛情深いツンデレな彼女「ベーデ」との間で微妙なバランスをとる毎日。

 ベーデとの大事な逢瀬と天真爛漫なエリーのお世話と心身ともに多忙な日々を送る駿河の二年生生活も残りあとわずか。

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 二年生として残っている行事らしい行事といえば、武道大会だけになった。

 何の特筆するところもなく、僕は剣道で前年同様の一回戦負け。


「何です、だらしないデスね。お稽古が足りないからデス。」


 上位入賞でも期待していたのか、エリーが戻って来た僕をたしなめた。


「そう言う君はどうなんだよ?」

「剣道の女子はこれからデス。私は強いデスから三回戦からデス。」

「へぇ、シードなの?」

「駿河とは、お稽古の量が違いマス。ちゃんと見ていて下サイよ。」


「よし、じゃあ、入賞したら奉天飯店で『盛り合わせ大盛り湯麺』を奢ってあげる。」

「味卵も付けて下サイ。」

「分かった、何なら全部乗せでも良い。」

「武士に二言はないデスね?」

「ない!」


 女子で入賞、つまり上位四傑に入る=準決勝に進出するには、いくらシードを得ていて三回戦から出場といっても、四回は勝たなければならない。

 剣道部と居合道部の居並ぶ中で、如何に元々アスリートのエリーとはいえ、それは無理だというものだ。


 女子の三回戦は、男子の競技がほぼ終了してからということもあって、ギャラリーも大分入っている。

 控えているエリーは当然ながら、トレードマークの大きな眼鏡を外し、正座して手拭いを巻き、準備中。

 普段、遠視の眼鏡の所為で目が大きく見えているからか、今日の彼女は目つきが可成り鋭く見えた。


「赤、一音三・高橋。白、二文乙六・ヴィルヘルムス。」


 双方、面を被り、蹲踞の姿勢から立ち上がる。相手は一年とはいえ、いきなり自前の道着=剣道部だ。


「始めっ!」


 周囲の競技から聞こえる歓声の中で、静かに間合いをとっている。

 瞬間、気合いの声と共に赤が踏み込んできた。審判の旗は上がらない。すんでのところでかわしたらしい。

 両者が離れて再開。赤が誘いと攻めと繰り返すのに対して、白のエリーは対照的に微動だにしない。


(何だ、矢っ張りビギナーズ・ラックでシードか…。)

 と、気楽に見る姿勢に転じたとき、


「イェァアーッ!」


 鋭い気合いの声と共に激しい竹刀の音が響いた。

 目を戻すと、エリーが赤の向こうに走り抜けている。審判の手は、三つとも白旗が揚がった。


「白、二文乙六・ヴィルヘルムス。」

(ほぉ、一応は基本を知ってんだ…。)


 続く四回戦。

「赤、二理甲一・元嶋。白、二文乙六・ヴィルヘルムス。」

「始めっ!」


 相手は第一シードで、これが初戦のまた剣道部。

 抽選で対戦を決めているとはいえ、上位に上がれば経験者が多くなってくるのは当然だ。

 赤は、エリーが素人と考えてか、盛んに攻めてくる。

 が彼女はこれを躱して、なかなか一本が決まらない。

 其の儘優勢で赤の勝ちとなるかと思っていたとき、駄目押しと許りに赤が踏み込んできた。

 次の瞬間、エリーが動いた。相打ちに見えた。


 審判の旗は、赤、白、白。

「白、二文乙六・ヴィルヘルムス。」


 これで上位十六傑だ。僕は、これでもう充分にラーメンを奢ってやろうと思っていた。

 三学年を全て合わせて、剣道を選択している女子は二百名近い。其の中で剣道部や居合道部ではなく上位十六傑なら充分過ぎるほどだ。


 準々決勝まで、試合はほぼ休みなく続くので、声を掛ける暇もない。実行委員の案内で、次から次へと移動していくエリーについて、ゴルフのギャラリーのごとく、級友がぞろぞろと動いた。


「駿河は、エリーと何か賭け事したのか?」

「盛り合わせ、全部ノセ。」

「馬鹿、此処まできてそれじゃ彼女に分が悪い。もっと何かしてやれ!」


 大衆は常時いつも無責任だ。上位十六傑になると、残っているのは剣道部か居合道部のみとなった。一年はもう残って居ない。


 上位八傑を賭けた五回戦。激しい接近戦を繰り広げている隣の試合場を横目に、エリーの試合はまた間合い待ちの持久戦になっていた。

 睨み合い、時折気合いの声だけは響くが、両者竹刀の先以外、微動だにしない。

 見ているほうがジリジリし始めたとき、エリーの竹刀の先が少し横に振れ、同時に相手が踏み込んで来た。


「ンッ! デァーッ!」


 エリーは正面からの面を竹刀で跳ね上げ、其の返しで胴を打った。


「赤、二文乙六・ヴィルヘルムス。」


 到頭上位八傑になった。次は愈々上位四傑を賭けた準々決勝となり、十分間の休憩となった。

 僕は、面を脱いで手拭いをとり、汗を拭いているエリーの近くまで行った。


「凄いじゃない。八傑だよ。」

「Ah, 駿河、約束まであと一人ね。」

「もう良いよ、奢ってやるよ。此処まで来れば充分立派だ。」

「駄目、約束は約束…。」


 エリーは、息を整えると、再び手拭いを頭に巻き、集中に入った。

 準々決勝からの四試合は、ほぼ全校生徒が見守る中、格技道場の中央で一試合ずつ行われる。

 其の第三試合。


「赤、二文乙六・ヴィルヘルムス。白、三理乙五・三枝。」


 此の時期の三年は、受験準備の合間を縫っての参加なので、身体がなまっているとはいえ、居合道部の前副将相手では、エリーも無理だろうと、誰もが考えていた。

 白は落ち着いた動きで盛んに斬り込んでくる。

 エリーは、それを一本にしないのが精一杯だった。

 相手が居合道部ならば、受けるだけでも可成りの衝撃がかかっているだろう。

 何本目かで、場外ぎりぎりまで追い込まれ、主審の待ての声で、エリーに指導が入った。

 勝つためには一本を取るしかない。中央で再開となった直ぐ後、エリーは攻めに転じた。


(やぶれかぶれか?)

「キェェイッ、デェアーッ!」


 エリーは下段の構えから小手で相手を払い上げ、其の儘胴に打ち込んだ。審判が三本とも白旗を上げた。何というか、最早剣道というより、格闘技を見ているようだ。


「やったね、おめでとう!」

「まだ、二人残ってる…。」

 エリーは息を切らしながら、頷いた。


「もう四傑だよ。入賞だって。」

「優勝スル…!」

「否、もう充分だって。」

「勝っても、負けても、全力を尽クス…!」

「あぁ、駄目だ、こりゃ完全にイッちまってるわ。」

 横でイチが言った。


「じゃあ、行けるとこまで行ってこい!」


 準決勝になると、校長も観覧に来る《御前試合》だ。


「今年は留学生が準決勝まで残っています。」

 山名先生が説明していた。


「フロイライン・ヴィルヘルムスですか?」

「ええ。」

「彼女、お祖父様が、知る人ぞ知る撃剣の達人だからねぇ。彼女の履歴には段位が書いてなかったけれど。」

「そうなんですか。」

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