二文乙六 生誕 (14)僕が至らないばっかりに

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は高校二年生。

 強気の留学生エリーと、愛情深い彼女「ベーデ」の間で微妙なバランスをとる毎日。

 駿河とベーデの双方にとって親友であるエリーの留学期間も残りあとわずか。

 そんな中、駿河は、ベーデが一人で病院に行き、その後、救急搬送されたと知り、入院先に駆け付けた。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


「はぁ? 貴男、黙って聞いていれば、…何かとんでもない誤解してるでしょ?」


 彼女が此方を向いた。普段のように眉間に皺を寄せて怒っている。


「ん?」

「私は神経性&ウイルス性腸炎よ! だから、ずっとお腹が痛いの! 貴男の存在はmental精神的な原因ではあっても、physical肉体的な原因でなんかこれっぽっちも無いわよ!」

「あ? あぁ、そう…。」


「『あぁ、そう』じゃないわよ。つくづくおめでたいわね!」

「まあ、原因が分かって良かった。」


「ママ? 其処に居るんでしょ? 大丈夫よ。駿河は未だに赤ちゃんはコウノトリが運んで来ると信じてるような男だから!」


 僕がベーデの横に座っている間に、お母さんは部屋に戻って来て居た。

 それにも気付かずに僕はとんでもない方向に心配を広げていた訳で、傍で聞いているお母さんとしては気が気ではなかっただろう。

 ベーデの《コウノトリ》発言の御蔭でおかあさんも安心したようだった。


「駿河も駿河だけど、ママもママよ。私が学校帰りに一人で病院に行ったというだけで、あれこれ思い悩んで。勝手に妄想を広げて

 考え方の根っこが、此の駿河バカと一緒だわ。大体、二人とも雁首揃えて、私に対して失礼よ!」


「駿河、鳥渡ちょっと此方にいらっしゃい。良いから顔を貸しなさい。」

 顔を出すと、今度はオデコを拳骨で殴られた。


「オホーッ…。」

「ママの分まで一緒よ。余計な心配をするくらいなら、日頃から、此のか弱き乙女のことを気に懸けて頂戴!」

「駿河さん、私の分、後でケーキをご馳走しますね。」

 お母さんが申し訳なさそうに笑っていた。


 *     *     *


「スッルッガッさ~ん。」

「君は脳天気だな…。」


 ベーデの見舞いに行った翌日の朝、エリーが始業前の教室で近寄ってきた。


「明るくちゃ不可マセンか?」

 途端に眉間に皺が寄って不機嫌になっている。


「不可なかないけど。」

「何、人にヤツガシラしてるんですか?」

「ヤツアタリ! ヤツガシラはお正月に食べる里芋だよ。」

「ヤツアタリは不可マセンね。」


「ごめん、そう感じたら謝る。」

「ドシマシタ?」

「ベーデが入院した。」

「エ? 私、お見舞いに行く。」

「ん? お腹壊したんだよ。」

「お見舞い!」

「行かない方が良いと思う。」


「…ドシテ?」

「神経性腸炎だって言ってたから。」

「ノイローゼ?」

「其処まで酷いものじゃないよ。でも、鳥渡考え込んじゃったものがお腹にきちゃったんだろうね。」


「私の所為せい?」

「僕が至らないばっかりに君まで波及。」

「ん?」

「僕がきちんとベーデを包みながら、君のお世話をしていれば良かったの。」


「私のお世話しスギで、ベーデに冷たくナッタ?」

「結果的にそうなんだろうな。」

「それは、とてもゴメナサイ…。お詫びの仕様もナイ。」

 エリーが頭をぴょこりと下げた。


「違う違う。君の所為せいじゃない。あくまで僕が悪いの。僕がしっかりしなかったから。」

「でも、私が居なければ此様こんなことにはならなかったデショウ?」

「《居なかったら》なんていう仮定は無いんだから、そういうことを考えないの。」


「私はドシタラ良い?」

「普段通りで良い。僕がもっとしっかりするだけだよ。」

「もう私のお世話して呉れマセンか?」

「いいや、変わりない。心配しないで良い。」


「hmmm....」

「どうしたの?」

「複雑デス。」

「少しの間、エリーはベーデのことをそっとしておいてやって。」

「ワカリマシタ。ゴメナサイ。」

「だから謝らなくても良いって。」


 *     *     *


 ベーデは三日で退院した。


「お腹が空いた…。」

「お腹を壊したんだから、まだ大事にしなきゃ駄目だろ?」


「…感謝して頂戴よ?」

「何を?」

「ママの心配を一瞬で払拭した私の機転によ。」

「おお…。でも火のないところに…アタタ。」


「本当に懲りない馬鹿ね。言葉を選びなさいよ! 火が無かろうが何だろうが、心配するのが親なの! それに、親はともかく、大体、貴男と私の間で、日常のどこをどうすれば、ああいう方向に心配が向かうのよ!」

「…はい。」


「よもや貴男、手をつないだり、キスをしただけで赤ちゃんが出来るとでも、本当に思ってる訳?」

「…思ってません。」


「もう…、お腹が空いたから、何か食べさせて頂戴。」

「でも、お腹壊してんだから。」

「だから、それでも食べられるようなもの!」

 我が儘に拍車が掛かって戻ってきた。


「お腹壊してても大丈夫なもの? お粥さん。」

「食べ飽きたわよ。」

「どれくらいなら良いって言われてんだ?」

「消化に良いものを少しずつ。」

「駄目じゃん。外食なんか。」

「其処を考えるのがあなたの役目でしょ!」

「分かったから、キンキン言うなって。」

「お腹空いた!」


 我が儘を連発しながらも漸く元気を取り戻しつつあるベーデに可愛さを感じつつ、また同時に、いつ殴られるとも分からない恐怖に怯えながら、僕は《消化の良いもの》を考えていた。


「鍋焼きうどん!」

「良いわね!」

「但し天麩羅抜き!」

非道ひどいわね…。」

「だって脂はお腹に良くないぞ。」

「じゃあ、脂ぎってない具は私に頂戴。」

「よく噛むんだぞ。」

「分かったわよ!」


 *     *     *


「ん。満足であった。大儀である。」

「御意に。」

「これからも私に気を遣って頂戴。」

「なんだい、いきなり。」

「遠慮するのは止めにしたの。胃腸に悪いから。」

「そう?」

「そうよ。私はこうして貴男の元に戻って来たのだから、貴男も私の元に戻っていらっしゃい。」

「俺は何処にも行ってないって。」


「いいえ。いっつも、ふらふらふらふら、しているわ。」

「まあ、そう見えたのは反省してる。」

「貴男に《公務》を疎かにしろ、とは言わない。でも、《プライベート》はそれ以上に濃密に、大事にして頂戴。」

「分かった。」


「本当に分かってるの? 私にとって貴男の代わりは居ないんだから。」

「光栄だね。」

「そうよ。此様な光栄なことは無いのよ? それを認識してよ。それに貴男にとって私の代わりも居ないのよ?」

「へい。」

「はい、でしょ?」

「はい…。…そうだよな。何処にも行かないで呉れよ。」

「何、泣いてるのよ。大丈夫よ、もう、本当に涙脆いんだから。」

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