二文乙六 生誕 (10)駆け引きは大事ですよ
【ここまでの粗筋】
天然系な主人公「駿河轟」は高校二年生。
強気の留学生エリーと、愛情深い彼女「ベーデ」に挟まれて、精神バランスも揺れがちな日々。
クリスマスをベーデと過ごし、彼女が他出の年越しをエリーと過ごした駿河は、ベーデと共に初詣に。
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「卑怯者…。」
「ん? これは予想外の反応だな。」
中学校を後にして、再び腕に寄り添いつつ、ベーデが口を開いた。
「
「其様なにか?」
「貴男はどうなの?」
「ん~、確かに神社に近いような。」
「私達にとって彼処が何故
「想い出が濃いからだろ?」
「然もそれが閉じこめられてるからよ。私達だけじゃなくて、何万人もの想い出が。」
「ふーん。」
「外から見ただけであれだけガツンと来たじゃないの。」
「そうだな。」
「人の想いは凝縮されると怖いものよ。」
「寒気がするようなことを言うなよ。」
「でも、極々
「突然思い出したからさ。」
彼女の言う通り、偶には後ろを振り返って、これまで来た道を整備し直してみるのも良い。
歩いてきた道を思い出すことで、これからの道の造り方を学び直すことにもなる。
「
「そうかい?」
「想い出を噛みしめる、っていうのか知ら?」
「お前にもそういう心があるんだ。 イタタ!」
「人を魔女のように言わないで頂戴。」
「お前が十七の女の子らしい感情を表現すると、どこか安心するなぁ。お、十七か?」
「そうよ、十七よ。もうあなたの人生の中で、十七の女の子と腕を組んで歩けるなんてこと、二度とないわよ。感謝なさい!」
「変な恩の着せ方をするなよ。」
* * *
年が明けると、一高で一番の大所帯「音楽部」の定期演奏会が行われる。
大抵の年は、基幹年たる語学圏からの留学生に敬意を表し、其の故国に因んだ曲が演奏されることが恒例だった。
前年は英国だったので、エルガーとホルストを中心とした曲が演奏された。
今年は、オーストリアということでハイドンの「天地創造」だという。
合唱祭では自己主張しなかったエリーだったが、音楽部がお誘いに遣って来て、定期演奏会のこれまでの経緯と、留学生がこれに関わる趣旨を説明すると、其の場で曲目を指定したそうだ。
場所は、東京文化会館の大ホールとなった。
* * *
「練習しているのかい?」
「それって、あまり良い尋ね方ではないデスよね?」
「しているようには見えないからさ。」
年が明けて最初の登校日の帰り、僕はエリーに尋ねた。
「してマスよ。登壇すると決めた日から。ちゃんと。」
「いつ?」
「駿河は私の恋人か何かデスカ?」
「は?」
「自分は何でも知ってイルと思ってるデショウ?」
「其様なことはないけど…。」
「駿河の知らない時間の私だって居るんデス。」
僕は誕生日パーティーでの彼女を思い出して、確かにそうだと思った。
「君も忙しいんだなぁ…。」
「そうデスよ。これでも。フン。」
「曲目も全部君が選んだの?」
「私が候補を並べ上げて、音楽部がJaと言って呉れたものだけをやりマスよ。」
「会場を変えさせたんだって?」
「Ah, 私が登壇スルのなら、私に選ばせて欲シイと言いマシた。」
彼女は、目の前で一生懸命にチョコレート・パフェのクリームの部分を器用にスプーンで掬っている。
「大変じゃないか? 決まっていた会場のキャンセル料とか、文化会館の使用料とか。」
「それは、私のワガママですから、私が払いマシタ。」
「君じゃなくて、君のお家が払ったんでしょ?」
「Nein, 私が貯めてきたお小遣いダケで払いマシタ。」
今度はアイスクリームの部分が外にこぼれないように気を付けながら、バナナを底の方からじりじりと掬い出そうとしている。
「凄い貯めこんでんだな。」
「ウチは親戚が多いから、お年玉がいっぱい出マスよ。」
「オーストリアでもお年玉ってあるのか?」
「そういう言い方ではないデスけど、親戚のお家に行って、可愛く会釈をすればお小遣いを呉れマスよ。それは日本と同じ。親戚、一年じゃ回り切れないほどいっぱい有りマスし…。Ah, ヤッタァ!」
矢渡のことでバナナを掬い出した彼女は、喜色満面の笑みを湛えている。
「大変だね、日本に来て演奏会に引っ張り出されて、お小遣いまで使っちゃった日には。」
「…また、会釈をしに親戚周りをしマスよ。」
次はバナナよりさらに下にあるコーンフレークにとりかかっている。
「当日は、またドレスを着るの?」
「着て欲シイデスか?」
「否…、別にそういうことじゃなくて。」
「駿河には残念ながら、普段の格好デスよ。制服。皆と一緒。」
「そう…。鳥渡残念だな。」
「我が儘を通す処と、引く可き処は、
眉間に深い皺を寄せながら、コーンフレークをゆっくりゆっくり引き上げている。
「ふーん。」
「駆け引きは大事デスよ。」
「駆け引きなの?」
「
「ふーん。エリーは何をやるの? 演奏会で。」
「メゾソプラノです。大天使ガブリエルの役デスね。」
「へぇ。」
「内容が分からないのに聞いてどうシマスか?」
「何様な内容なの?」
「題名の通りデスよ。天地創造最初の七日間のお話デス。」
「ふーん。」
「Österreichの者にとって、ハイドンは国を代表する音楽家デス。元々の国歌を作った人デスから。」
「そうなんだ。」
「…駿河は、私のÖsterreich紹介の話を聞いてマシタか?」
彼女は、バリバリとコーンフレークを噛み終わると、僕を上目遣いに睨み付けた。
「聞いてたよ。国王に捧げる歌として作ったんだろ?」
「そうデス。駿河、記憶力は良いデスね。ぼーっとしてても話が耳に入っているのは、私と一緒デス。」
「エリーと一緒で良いのか悪いのか。」
「普墺戦争について、前後の背景を含めて二、三分で語って下サイ。」
エリーがスプーンで僕を指している。
「○×△□。」
「はい、よく出来マシタ。貴男は、本を読めばきちんと理解できマスし、記憶と統合力は人並み外れてマス。もっと、それを人生に活かすべきデス。」
「何だか『貴男はやれば出来る子なんだから』って慰められてるみたいだな。」
「文章は正しいデスけれど、慰めとは違いマスよ。それは貴男の才能。他の人が持っていない特別なモノです。其の点に関しては貴男も私も天才であることに違いアリマセン。」
彼女は大物と乾き物をやっつけ終わって、只管アイスクリームにチョコレートソースを混ぜて口に運んでいる。
「其処まで言うかい。」
「誰にでも《天才》の部分が有るんデス。問題はそれに気づくか気づかないか。そして気づいても利用出来るか出来ないか。
人は自分の才能に対して四種類に分かれマス。一番不幸なのは、『自分の才能に気づいていないのに利用しようとする勘違いの人』デス。
本当の才能とは違うことで成功しようとするから苦労許りして人を妬んだり恨んだり、漸く何かをやり始めたかと思えばそれも間違っていて、人に迷惑をかける。…Auuu!!」
左手でうなじを指差して文字通り
「馬鹿だな。真冬にチョコレート・パフェなんか頼んで、然も一気にアイスクリームなんかやっつけるからだろ?」
夏以来、これも恒例となっている、彼女のうなじに手を当てて温めてやった。
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