二文乙六 生誕 (7)捜さないで下さい

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は高校二年生。

 強気の留学生エリーと、ツンデレながらも愛情深い彼女「ベーデ」に挟まれて、精神バランスも揺れがちな日々。

 交際二度目のクリスマスを迎えた駿河とベーデの二人は、互いの想いを素直に吐露することで愛情を確認した。

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「昨日は楽しかったデスか?」

「ん? 何で?」

鳥渡ちょっと幸せを分けて貰おうと思いマシタ。」

「じゃあ、沢山楽しかった。」

「良かったデスネ!」


「何をフクレてんの?」

惚気のろけにアテられて了いマシタ。」

「鳥渡待ちなさいって、今、分けろって言うからわざわざ楽しく言ってやったのに…。」

「ソウイウのを馬鹿正直と言いマス。」


 エリーと僕は二十五日、一高こうこうの運動部有志で開いたクリスマス・パーティーの席に居た。


「はい、其処そこの二人、痴話喧嘩止めてね~。」

「みろ、誤解されたじゃないか…。」

「ちゃんと交換用のプレゼント持って来ましたか~?」

「ハーイ。」


「エリーのは、また随分綺麗に包んであるな?」

「ちゃんと予算守ったか?」

「駿河、予算伝えたか?」

「伝えたって、ちゃんと五百って。」

「聞きマシタよ、五百って。」

「じゃあ大丈夫よねぇ。」


「エリー、五百って意味分かってる?」

「Ja, ヒュンフ・フンデルト。」

「大丈夫そうね…。」

「ヒュンフ・フンデルト・ダラー。」


「…全っ然分かってないじゃん…。」

「何で語尾までちゃんと《円》って伝えないんだよ、駿河!」

「此処は日本だ! 五百と言えば五百円だ!」

「五百ドルなんていったら、他の全員分の予算より多いだろうが!」


 参加者全員でも二十人だ。


「嘘デスよ、ちゃんと分かってマスよ、五百円。」

「君の場合、洒落にならないんだから話を止めないでよ。」

「ハーイ。」


「じゃあ、恒例によりまして、蛙の夜回りで回しますー。」

「何デスか? 《蛙のヨバイ》?」

「馬鹿なこと言ってないで、聞いてなさいって。」


「カーエルノーヨーマーァワーリー…」

「エリーうるさい、笑わないの!」

「ダッテ…アッハッハ…クックック…。」

「…ガッコゲッコピョン! はい、其処で止めて!」


「おわ!」

「あ、駿河当たりデスね、五百ダラー!」

「はい、じゃあみんな開けて良いですよー。」

「エリー?」

「良かったデスネ、気に入りマシタか?」


 それは小さな発条ねじを巻くとタヌキがピョンピョン跳ねる玩具だった。


「君…、こういうのが趣味だったの?」

「淋しくなったときに良いデスよ、コウイウのは。」

「まあねぇ…。エリーは?」


「私? アー、オー! 奉天飯店の五百円券デスね!」

「あ、それ私が入れたー!」

「danke, danke!」


「駿河は何を入れました?」

「ダー! 嵩張り過ぎ!」

「それ、俺んだ!」

「サイコロ・キャラメル五十個なんて入れんなよ!」

「運動後には糖分補給が大事だぞ。」


 平和なうちに閉じたクリスマス会の帰り、普段と同じようにエリーを送って行く。


「お正月はベーデさんとデスか?」

「ベーデは家族で旅行だって。」

「浮気デスか?」

「は? 誰が?」

「旅行や出張っていうのは浮気の格好の言い訳デス。」

「テレビや映画の見すぎだよ。」


「じゃあ私と浮気シマショウ。」

「馬鹿言ってんじゃないの。」

「言い方が悪かったデスね。初詣に連れてって下サイ。」

「最初からそう言えば良いでしょ。周りくどい前振りしないでも。」

「何処に連れてって呉れマスか?」

「何処に行き度い?」


「私、お泊りし度いデス!」

「ま~だ懲りないかな、此の金髪眼鏡きんぱつめがねオサゲは。」

「ブゥ! 差別発言デスヨ。」

「じゃあ僕のことを髭禿下駄ヒゲハゲタって呼ぶのを止めろ。」


「私、カンチョウワイイに行き度い。」

「は? ま~た訳の分かんない事を言い出しやがったな?」

「違ったデスか? バンチョウコワイ?」

「最初のをもう一回、ゆっくり言ってみ?」

「カ・ン・チョ・ウ・ワ・イ・イ。」

「あぁ、…元朝参がんちょうまいりだろ?」

「ソウソウ、ソレソレ。昔から大晦日から元旦にかけてはお外に居ても良いそうデスね?」

「まあね、大目に見て貰えるね。」

「ソレ行くデス!」

「疲れるぞ? 一晩中、外で過ごすんだから。眠いよ?」

「大丈夫、お昼寝してから行ク。」

「分かったよ、ちゃんと故郷のご両親とお祖父様、お祖母様に了解取ってからにして呉れよ? 誘拐犯にされたらかなわないからな。」

「Ja, Natürlich!(ええ、もちろん!)」


 *     *     *


 東京駅で待ち合わせたエリーは、あとマスクさえして了えば誰だか分からないくらいの重装備でやって来た。


「コバンワァ…。」

「動けるの? 君、中世の鎧みたいに着込んでるけどさ…。ていうか、声を掛けられなきゃ誰だかすら分からないな…。」

「ダイジョブ、軽いデスよ。ダウンですから。」

「何?」

「羽布団。」

「ああ、中に羽毛が入ってるのね?」

「Ja, Ja.(そうそう)」


「ちゃんと保護者のOKは貰ってきた?」

「勿論デス。私も捜索届は出され度くないデス。」

「大事だね、それは。」

「書き置きして来ました。『捜さないで下サイ』って。」

「駄目でしょ、それ?」

「冗談デスよ。まったく、冗談の通じない人デスね。」

「君だからだよ…。」


 日付の変わる前の横須賀線はまだ平常ダイヤで、車内は年末と年始の丁度谷間に落ちて空いていた。


「これから約九時間だよ、大丈夫かい?」

「平時学校に十時間以上居るじゃありマセンか?」

「時間帯が違うでしょ。眠いって言ったら置いていくからね。」

「冷たいデスネ…。」

「緊張感を持ちなさいって。」

「遊びに行くノニ?」

「スリや危ない人も居るんだから。」

「分かりマシタ。離れないようにシマス。」

「そんな、不必要にくっつかなくて良いから、…あ、これほんとに暖かいね。」

「デショウ? 貸してアゲマセ~ン。」

「君からジャケットを剥がそうなんて思わないよ。」


 北鎌倉で電車を下りると外の空気は都心よりも数度は低く感じられた。


「ほら寒いし、人も居ない!」

「ホント、真っ暗デスね。」

「夜だからね。」

「もっと賑やかなものかと思ってマシタ。」

「北鎌倉は禅の名刹が多いから此様な感じだよ。」

「これから賑やかにナリマス?」

「歩いているうちにね。」


 円覚寺から建長寺を過ぎ、鶴岡八幡宮へと近付く頃には街の明かりも賑わしくなってきた。


「此処が鎌倉?」

「そう、メインストリートだね。」

「ん~、賑やかで良いデスね。明かりが温かいデス。」


 方々で初詣客を当て込んだ終夜営業の店が開いている。


「大丈夫? 寒くないかい?」

「暑いくらいデスね。歩いたカラ。」

「汗かいてないかい?」

「其処マデハ。」

「少し休む?」

「Ah, 良いデスね。」

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