二文乙六 生誕 (6)時と場所を選ばない愛の告白

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は高校二年生。

 強気の留学生エリーと、ツンデレながらも愛情深い彼女「ベーデ」に挟まれて、心身共に忙しい毎日。

 付き合い始めて二度目のクリスマスを迎えた二人は、最近、つとに気になっている「愛情」についてお互いの思いを吐露し始める。

 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


「ベーデはさ。」

「ん?」

「俺から愛情を感じる?」

「は?」

「は? じゃなくて。」


「何よ、改まって…気持ち悪い…。」

「物は最小限で良いって言うのなら、物以外のもので心が満たされないと不安にならないか?」

「何? クリスマスに哲学してるの?」

鳥渡ちょっと思い付いたっていうか、俺は何だか自分勝手な気がして。」

「そうねぇ、自分勝手よね。」

「あらぁ…。」

「もう少し、何か言って呉れても良いんじゃないか知ら、とは思うわね。」

「…。」

 彼女は箸を休めて、口元をナプキンで整えると続けた。


「無理して言えとは言わないわよ。でも、そう感じた瞬間には、はっきりと言葉や行動にして欲しい。貴男が私に対して愛情を感じている、っていうのは分かっているから、それを口にして呉れるだけで随分違う。」

「ふーん。」


「ほら、また哲学だけで終わる。」

「じゃあ、お前が感じている俺の愛情と、お前が抱いている俺への愛情っていうのは、どっちが大きい?」


「…馬鹿なことを聞くわねぇ、此の男は…。」

「ごめん…。」


「あなたね、私だから許されるのよ、そういう愚かな発言は。良い? 其処のところを先ずちゃんと理解しておきなさいよ?」

「うん。」


「普通はね、相手が自分に抱いている愛情よりも、自分が相手に抱いている愛情の方が大きい、って口にして表現するの。そうすれば相手は安心するし、喜ぶでしょう? そう思わないの?」

「でも、正直じゃないだろ?」


「其処が擦れ違いの元なんじゃないの。…まあ、貴男にそれを求めるのは無理なのは分かっているけど。」

「で?」


「きっと同じくらいよ。」

「へ? 其の程度か?」


「鳥渡其の儘動かないで。良い? 動くんじゃないわよ?」

「…イタタ!」


 ベーデは箸を逆手に持ち直して、持ち手の方で僕のオデコを突いた。


「貴男がどれくらいの想いを今、私に感じたのか知らないけれど、表面的に感じた其の想いの数十倍の愛情が貴男には秘められている筈だし、私はそうなるように育ててきた心算よ?」


 感情の片鱗も見せず、其様なことは当たり前だとでも言わん許りに、ベーデは箸を進めながら口にした。


「俺が自分で気付いていないって?」

「だからこそ先刻、気付いた分だけでも口にしたら褒めてあげるって言ったんじゃないの。」

「へぇ。」


「私はだてに一年半以上、貴男と真っ正面から向き合ってる訳じゃないのよ? 其の辺の《ちぃちぃぱっぱ》のように恋愛ごっこをしている心算はないの。」

「ごっこ、か。」


「まあ最初っから、これほどまでのしっかりとした感情を持てていた訳じゃないのは事実よ。そして、これだけ付き合いを続けていれば当然厭な所だって見えてくるわよ。訳の分からないところだって何故なのだか次々に見えてくるし。其の上でこうして続いているんだから、ありきたりな上っ面の愛情じゃないわよ。」


「んー、お前は比較的分かりやすいな。」

「それも私が全部言葉にしてあげているからでしょ?」

「うんうん。」


「貴男も少しは言葉にしようと思わないの?」

「此の間、思った…。」

「あぁ、そうね。貴男にしては上出来だったわね。珍しく適時タイムリーだったわ。」

「其の秘めたる想いまで含めて、俺の想いとお前の想いが同じだと?」

「そうよ。だから付き合えてるんじゃないの。そうでもなければとっくの昔に放り出してるわよ。」


「恋愛感情っていう本質が、言葉っていう実存になる以前に、よく其処まで推し量って考えて呉れるなぁ。」

「感謝の心算つもり?」

「まあ一応。」

「それはそれは、クリスマス・イブの食事に相応しい感謝の表現だこと…。」


「お前が居なくなったら厭だな。」

「ほら来た…。時と場所を選ばない感情表現。まあ良いわ、最後まで言ってご覧なさい。」


「…お前が誰か他の男と一緒に居ると考えただけで胸騒ぎがする。出来れば、何時でも目の前に居て欲しい。手の届く、息のかかる場所に居て欲しい。」

「…。」


「でも実際にはそう出来ないから、せめて一緒のときは目を離し度くない。一瞬でも長く一緒に居度い。…自分を造ろうとは思わない。でもお前が一緒に居度いと思う俺で在り度い。」


「…よく出来ました。今年は満点をあげるわ。但し…、」

「但し?」

「此処が老舗とは言え、昼間の天麩羅屋さんじゃなかったらね。然もお隣りの席と五十センチも離れていないような場所でなければの話よ。」


 相席だった訳ではないけれど、確かに隣のテーブルとは人が横向になって矢渡一人通れるくらいだった。気づくと隣席のお祖母さんが小さく拍手をしている。


「もう慣れたけれど、出来れば二人だけの時の方が嬉しいわね、貴男の其の時と場所を選ばない愛の告白は。」

「愛の告白っていう訳じゃ…。」

「分かってるわよ、素直に感情を文章表現してるだけなんでしょ?」

「そうそう。」


「どうして、此処ぞ、という時に其の文章を口に出来ないのか知ら?」

「学生注目に慣れちゃったからじゃない?」

「じゃあ今度から貯めておきなさいよ。タイミングが来たら、キューを出してあげるから。」

「無理だ。」

「どうして? 記憶力、良いでしょ?」


「憶えられるのは外から入ってきたものと、それに対応したことだけ。自分から出たものは、一旦外に出ない限り憶えられない。」

「…、厄介ねぇ。」

「…。」

「まあ、数少ないまぐれ当たりを待つわ。」

「よろしく…。」

「あなたみたいに変な人、そうそう居ないわよ。精々大事にしなさいよ。」

「どっち? お前? 俺?」

「両方よ! 抑々そもそも何だってクリスマス・イブに天麩羅屋さんで哲学しなくちゃ不可ないの!」


 *     *     *


「ベーデ?」

「何? 段々良い雰囲気になって来たっていうのに、また余計なことを言うんじゃないでしょうね?」


 彼女の家の傍、公園の明かりがぼんやりと照らして、二人の吐息が白く見えていた。


「何処のお家もツリーが綺麗だな」

「そうね…」

「でも、どうして俺たちは胡麻油の匂いが消えないんだ?」

「知らないわよ。天麩羅屋さんに行ったからでしょ! せめて機械油よりマシだと思いなさいよ。」

「まあ、美味しそうな匂いだな。食べ度くなるくらい。」

「同じ《食べ度い》と言われるなら、天重の海老じゃなくて、《君はクリスマス・ケーキの苺のように可愛らしいよ》と言われ度いわね。」


「あれ? 近づくと其様そんなに油くさくないな。」

「少しは私の話も聞きなさいよ…。もぅ当たり前じゃない。芯から天麩羅臭かったら今頃犬やら猫やらが寄って来てるわよ。」

「なんだお腹の中から匂ってるのか。」


「はい、ガム。」

「ありがと。」

「…もう、家まで五分とかからないわよ?」

「ん~…。」


 僕はまだ固い儘のガムを飲み込んだ。


「また、無茶するんだから…本当に」


 ベーデはきちんと紙に包んでいる。


常時いつも有り難う。」


 長い台詞は先刻使い果たしてしまったので、思い浮かんだ言葉だけを口にして、彼女の肩に手をかけた。


「…どう致しまして…」

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