二文乙六 生誕 (3)皇帝円舞曲

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は高校二年生。

 強気の留学生エリーと、ツンデレながらも愛情深い彼女「ベーデ」に挟まれて、心身共に忙しい毎日。

 エリーの誕生日パーティーに招かれた二人は、その規模と豪奢な様子に目を見張る。

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 三越本店でしか見たことのないような幅広の階段で二階に上がり、お祖父様、お祖母様と一緒のテーブルに案内された。


「お祖父様、ほら、Herr Surugaは、日本の皆さんにÖsterreichの歴史を紹介する時間を作ってクダサッタの。」

「おお、そう聞きました。有り難う。」

「僕に出来る範囲でしかなかったのですが。僕等もエリーさんの御蔭で日本を見直す良い機会になりました。」

「日本の方々は、私達にとってもそれは思い出深いんですよ。十年近くお付き合いがありマシタから。」

 お祖母様が懐かしそうに口を開いた。


「自分の国、友達の国を知ることは良いことです。

 ところでHerr Suruga、お父様は軍人でいらしたと伺いましたが。」

「はい、父の兄弟も皆、軍人でした。祖父もそうでした。」

「侍の家系でいらっしゃるか?」

「城持ちではありませんでしたが、そうです。」

「お父様たちは士官学校のご出身で?」

「はい、何人かは幼年学校から。」

「では、私の知り合いも居られるかも知れませんな。」

「今度、話をしてみます。」

「是非。」


 ベーデは、横で何やらお祖母様との話に夢中の様子だった。

 一息ついているところに

「Herr Suruga, Tanzen wir mit mir!

(駿河さん、一緒に踊りましょう!)」

 エリーがいきなりやって来て腕を掴んだ。


「え?」

「今、美しく青きドナウを頼んできマシた。ヴァルツ、踊れるでしょう?」

「ええええ?」

「行って来なさいよ。ちゃんと仕込んであげたでしょ?」

 ベーデが無責任なことを言ったに違いない。


「Bitte stehen Sie hastig vom Sitz,

(さあ、早く席を立って)

 und kommen zusammen. Musik fängt schon an...!

(ほらほら、もう演奏が始まってしまうわ…!)」


 這う這うの体で美しく青きドナウをなんとか踊り終えてほっとしているのも束の間、エリーが手を離して呉れないうちに次の曲が始まる。


「Es ist der Keiser Waltzer.

(皇帝円舞曲よ)」


 僕は、踊れるといっても、美しく青きドナウと、サイド・バイ・サイドしか踊れない。其の二曲だけ、徹底的にベーデに教え込まれただけだ。


(Vertrauen Sie mich an...Ich helfe Ihnen.)

(心配しないで、私がついているから)


 エリーがそっと囁いて呉れたのだが、中学校での余興と、パーティでのダンスでは場が違い過ぎる。

 周囲はイブニングドレスの淑女にタキシードの男性。然も、今日の主役と踊るとなれば当然視線も集まる。

 僕はガチガチになりながら、グルグルと回り続けるヴィナー・ワルツに従いていくだけで矢渡だった。


(Ja, Sie tanzen gut....Fühlen Sie sich bitte erleichtert....)

(そう、上手よ。もっと力を抜いて、楽に楽に…)

 彼女が耳元で囁く。


 ドレスと足を踏まずに済んでほっとしていると…


「Herr Suruga、 まだまだデスよ」

「え?」

 案の定、サイド・バイ・サイドが始まった。


「コレも大丈夫でしょう?」

 エリーが悪戯っぽく笑っている。

 今日は彼女の誕生日だから仕方ない。


(Ich gebe herzlich Dank....

(心から感謝しているの。)

 Ich entschuldige mich über meiner Selbstsüchtigkeit.)

(いつも我が儘ばかりで本当にごめんなさい)

 彼女は笑顔の儘で、また耳元で囁いた。


(Nein, Ich tanze für Ihre Freude.)

(いや、今日は君のために喜んで)

 僕はひきつった笑顔で囁き返した。


 都合三曲を、何とか粗相をせずに踊り終え、精魂尽き果てた身体でテーブルに戻る。


「二人とも、とっても可愛らしかったわよ。」

 お祖母様が手を叩いて喜んでいる。


「其の学生服だと、昔のダンスを思い出すねぇ。」

「そうですねぇ、海軍士官の方は皆さんこういう軍服で。」

「駿河サン、疲れマシタ?」

「疲れた…。」

「三曲も続けるからよ。」

 ベーデが他人事のように言っている。


「誰の所為せいだ?」

「あら? 誰の所為せいか知ら?」

「駿河サン、ベーデと私、どちらが上手デシタか?」


 エリーが身を寄せて訊ねてきた。ベーデも顔を上げて薄笑いを浮かべて此方を見ている。


「Beide von Ihnen tanzen gut. Aber,

(君たち二人とも上手だよ。)

 Nur ich kann nicht gut tanzen.

(下手くそなのは僕だけさ)」


 僕がボソッと答えると、お祖父様とお祖母様が手を叩いて笑った。


「駿河サン、狡いデス!」

「ずる~い。」

「ネエ~?」

 大分話した頃、室内の灯りが少し暗くなった。


「ベーデ、良いデスか?」

「Ja」


 エリーがベーデを誘って階下に下りていった。楽団が調子を合わせている。エリーがスポットの中に入ると、ボーイさんがマイクを渡した。


 *     *     *


「Guter bend, jeder.

 Ich danke herzlich für das herrliche Bankett meines Geburtstages.

(今宵、このような心の籠った会を開催していただき、また御集り頂いた皆さんの御厚情に感謝します。)

 Ich lerne verschiedene Kultur durch Ihre Unterstützung in diesem Orientalischen Land.

(私はこの東洋の国で、皆さんのお力を借りて、多くの文化を学びました。)

 私はマダ若輩者ですから、両親や祖父母の力無しには何もすることが出来マセンが、今夜は最後に私が出来るささやかなお礼をしマス。

 此の季節、神への感謝としても相応しい曲をお贈りしマス。そして、其の助けをして呉れる頼もしい友人を紹介しマス。

 親愛なる日本の淑女、フロイライン・アイ・ベルナデート・三条。彼女は、感謝の気持ちの表し方を相談した私に、ヴィーンに縁の深い此の曲を迷い無く提案して呉れました。」


 ベーデがエリーの横でゆっくりと会釈をする。

 彼女は制服姿でも、こうした所作が実に堂に入っている。

 今晩もドレスで参加していたら、どれだけ周囲の注目を惹いたことだろう。

 それを思うと、中学校の余興で、しかも僕なんぞとダンスを踊ることが、彼女にとって「逆の意味」でどれだけプレッシャーであったのか、今になってヒシと感じた。


「では、皆さんもよろしければ御一緒に。」

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