二文乙六 生誕 (2)世を忍ぶ仮の姿

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は高校二年生。

 強気の留学生エリーと、ツンデレながらも愛情深い彼女「ベーデ」に挟まれて、心身共に忙しい毎日。

 駿河だけでなくベーデにとっても親友となったエリーの誕生日パーティーに、二人は招かれる。

 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 僕はてっきり、此処はレストランの別館のロビーか何かで、エリーのパーティは、沢山見えているテーブルの何処かだと思っていた。


「全部がゲストよ。」

「これ全部が…か?」

「そうよ。ほら、彼女を捜さないと。」

「そうは言ったって…何処だ?」

「主役がほったらかしの筈はないでしょ。人が集まっているところを見るのよ。」


 どうやら、こういうパーティにも覚えがあるらしいベーデの指示で見回してみても、人だかりは方々に幾つもある。


「あ、わかった、彼処みたいよ。」


 皆がグラスをもって談笑している中を、ベーデが見当をつけた方にゆっくりかき分けていく。

 ピアノと室内楽の楽団が演奏している前を横切り、学校で普段エリーから感じる「剛毅朴訥」といった感覚とはかけ離れた雰囲気に鳥渡戸惑った。


「当たり! 見ぃつけた!」

「何処?」


 ベーデが向いている顔の先には、ドレス姿の女性が何人か並んで談笑している。


「ほら、真ん中のアイボリーのドレス。」

「ん?」

(アイボリー…アイボリー…。)


 確かにアイボリーのドレスの女性は沢山居るのだけれど、どの人物も眼鏡もかけていなければ髪型も違う。


「ほら、愚図愚図しないの!」

 ベーデに腕を掴まれて歩み寄る。


「こんばんは。お誕生日おめでとう。ご招待有り難う。」

 ベーデが挨拶をしている其の時点でも僕は半信半疑、というか誰がエリーなのか正直分からなかった。

「Ah! Herr Suruga! Fräulein Sanjo! Willkommen, Ich begrüße Sie.!(あー、駿河さん、三条さん、ようこそ。大歓迎です!」


「いやぁ、エリーだ、エリーだ。声がエリーだ。」

「ン? 分かりませんデシタか?」

「うん!」

「馬鹿、失礼なこと言わないの!」

「Können Sie mich erkennen?(私のことがわかりますか?)」


 目を丸くして見つめている僕に、彼女は首を傾げた。


「うわぁ、見違えるなぁ、と思って。」

「コラッ!」


 正直な感想を漏らした途端にベーデに膝蹴りされた。

 眼鏡を掛けていない顔や、三つ編みとお下げを解いた顔は、夫々何度か見たことがあったのだけれども、其の両方を同時に解放して、然も髪の毛をブロウし、化粧をして、制服ではなくドレスを着て、宝飾品を付けている姿など、当然一度も見たことはなかった。


 ごく自然に軽く微笑んでいる目の前の彼女を見ていると、其の姿こそが本来の姿で、学校での普段の姿はそれを知られないがための《世を忍ぶ仮の姿》のようにも思えるほど別人のようだった。


「Ah ンンン…。今日は私の誕生日デスよ。私だって女の子デス。おめかしもしマス。」

「そうだよね…、おめでとう。」

 漸く僕はお祝いの言葉を言えた。


「Vielen Dank.(どうもありがとう)」

 エリーはドレスの裾を摘んで会釈をした。


「駿河、ベーデ。お祖父様とお祖母様を紹介するわ。誕生日とお正月の演奏会のためにÖsterreichから来て呉れたの。」


 そう言うと彼女は、背筋を伸ばしてゆっくりと僕等を導いて呉れた。


(あ~ぁ…これだったのか。)


 学校で見るエリーの歩き方が鳥渡変わってるな、と思ったのは、こうした長いドレスの裾を踏まないようにしている癖があったからだ。


 横からグラスを上げて祝福を受ける中、エリーは小さな会釈で応えながらゆっくりと進んでいく。少し人だかりが出来ているところに着くと、彼女は小さく会釈をして口を開いた。


「Entschuldigen Sie mich... Großvater, Großmutter!(失礼します。御祖父様、御祖母様。」


 談笑していた輪の中で、エリーより少し背の高い老紳士と御婦人が此方を向いた。


「Diese sind Herr Suruga und Fräulein Sanjo, der mich geistig in Japan unterstützt..(こちら、駿河さんと三条さん。日本で私が最もお世話になっているお二人。)

 Herr Suruga, Fräulein Sanjo, Es ist main Großvater und meine Großmutter.(駿河さん、三条さん、こちらが私の祖父と祖母です。」

「Guter Abend. Danke heute abend für eine Einladung.(こんばんは、今夜はお招きいただいてありがとうございます。)」

「Guter Abend. Wie geht es Ihnen?(こんばんは、はじめまして。)」

「Guter Abend.(こんばんは)

 Vielen danke für Unterstützung für die Enkelin.(孫がいつもお世話になっています。)

 お二人ともドイツ語がお上手ですな。」

「本当に。どうぞよろしく。」


 驚くほど流暢な日本語がお二人の口から出てきた。


「後でゆっくりお話ししましょう。日本男児!」

「私も。三条さん。」

「Reden wir später.(では、後ほど。)」


 *     *     *


「それにしても凄い人の数だね。」

「最初は、此様なに大袈裟にする心算は全然なかったんデス。でも、お祖父様とお祖母様がÖsterreichから来ることになったら、其のお友達や大使館の人や、沢山沢山雪玉のように増えて了って。」

「流石、パーティーの本場だわ…。」


 ベーデも感心しているのか緊張しているのか、僕の腕を握る力が先刻から弱まらない。


「そうそう、何かと集まってパーティーするのは好きですから。実は、此のうち半分くらいは私の誕生日なんかどうでも良い人デス。アハハ。」


 そうは言っても其の《どうでも良い人たち》まで招待してこれだけのパーティーをする方もする方だ、と感心した。

 歩いている最中にも、何人も何人もドレスやらタキシードの人物を紹介される。


(よく憶えてるな、此様なに沢山の人を。)

「僕ら学生服なんかで良かったのかい?」

「ええ、勿論。ほら、他にも居るデショウ?」

 エリーが言う儘周囲を見渡すと、確かに一高やK女ではない制服の姿もちらほらとあった。


「Ah…。」

 エリーが嘆息をついて立ち止まった。


 目の前に背の高い、きりりと如何にもゲルマン民族然とした男性がイブニング姿で立っている。


(…もしかして婚約者とか?…)

(…おいおい、聞こえるぞ…)


 僕とベーデがヒソヒソしていると、

「駿河、ベーデ、此方、Österreich大使館のヨハンさん。」

「Guter Abend. Wie geht es Ihnen?(こんばんは。はじめまして。)」

「Guter Abend.(こんばんは。)」


 差し出されて両手で握手された其の薬指には鈍く光る指輪があった。

(…婚約者、じゃあないんだな…)


「…彼は、監視役です。私にとってのゲシュタポ…。私のことを日々見張っていマス。」

 エリーがドレスに似合わず眉間に皺を寄せてヨハンさんを横目で睨んでいる。


「Fräulein Wilhelms?(ヴィルヘルムスさん) あんまりデスよ。日本に来られるときに私は力を尽くしたじゃアリマセンか?」

「そうね、Vielen Dank。(どうもありがとう)」


「駿河さん、三条さん、お二人のお話はよく伺ってイマス。日本とÖsterreichの友好のために、これからも宜しくお願いシマス。」


 ヨハンさんが深々とお辞儀をされるので僕等はすっかり恐縮して了った。

「少しテーブルでお話しシマショ。」

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