二文乙六 生誕 (1)家での渾名はチンギス・ハンよ!

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は高校二年生。

 強気の留学生エリーと、ツンデレながらも愛情深い彼女「ベーデ」に挟まれて、心身共に忙しい毎日。

 駿河とベーデにとって初の破局危機も、エリーのサポートで何とか乗り越え、二人の絆は深まった様子。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


 エリーが留学生であることすら忘れてしまうほど、至極当たり前に学校生活が過ぎていくうちに、十一月も半ばを過ぎた頃。


「アト一か月でクリスマスデスね。」

「カトリックだと、クリスマスも盛大に祝うの?」

「教会でミサがあって、他は家族で夕食を囲むくらいデス。馬鹿騒ぎするのはアメリカと日本くらいデス。」

「そうなんだ? (馬鹿騒ぎとくるか…。)」


「駿河さんは、ベーデと一緒デスか?」

「イブはね。二十五日は運動部と応援部のクリスマス・パーティだからエリーも一緒でしょ。」

「有り難う。二十三日は空いていマスか?」

「ん? 大丈夫だね。」

「では、私のためにベーデと一緒に空けておいて下サイ。」

「クリスマス?」

「Nein, Es ist mein Geburtstag.(いいえ、私の誕生日です。」


「へぇ、クリスマス・イブの前日に生まれたんだ?」

「そう、日本の皇太子殿下と同じ佳き日デス。」

「皇太子殿下の誕生日までは知らなかったけれど、エリーの誕生日なら、なお佳き日だ。」

「そうそう、次の天長節デスヨ?」

「また、そういう言い方をする。あれ以来、俺だって、ちゃんと日本の歴史もヨーロッパの歴史も勉強してるんだから。」

「それは見上げた心がけデス。」


「でも、二十三日はベーデが大丈夫かどうか、まだ分からないよ。」

「それは大丈夫、私、もう確認しマシタ。」

「…また、何か企んでない?」

「イイエ、何も。」

「そう? それなら良いけど…。」

「そうそう、正装してきて下サイ。」

「正装?」

「Ja. Ah、 綺麗な方の学生服で良いです。ベーデにもそう言いました。まだ学生デスから。それで当然デス。」

「へぇ、ならば安心だな。」


 *     *     *


 十二月二十二日には、ベーデから電話があった。


「駿河、明日は呉々もきちんとして来なさいよ。」

「エリーは『学生服で良い』って言ってたぞ。」

「分かってるわよ。綺麗な方を着て、きちんと髭を剃って。間違っても髭を残して髪の毛を剃るんじゃないわよ!」

「分かってるって、ちゃんとして行くって。」

「ならば良いけれど、あなた高校一年の夏の神宮以来、家でのあだ名はチンギス・ハンよ!」

「良いじゃない。大地をかける蒼き狼。」

「何よ、ずっと鉄木真テムジンのことを、スズキマコトって読んで日本の物語だと思ってたくせに。」

「それは中学生の時だろ…?」


「任せるけど…、社交という場で恥ずかしくないような格好をしてきて頂戴よ。」

「はいはい。」

「はい、は一回よ!」

「はい。」


 *     *     *


 翌日、六本木交差点を少し過ぎたところでベーデを待った。クリスマスともなれば流石に凄い人混みだった。

 道路も同様で、其様な渋滞している車列の中を、派手にクラクションを鳴らしてかき分けるように一台の車がやって来て、目の前に停まった。


「こんばんは。若き勇者殿。遅れてごめんなさい、思いの外混んでいたもので。」

 運転席の窓が下がるとベーデのお母さんが顔を出し、サングラスを上げてにっこりと口を開いた。


「ご無沙汰しています。(それにしても母娘揃って似た者同士だな…。)」


 後部座席のベーデは、座った儘僕を頭のてっぺんから爪先まで見ている。


鳥渡ちょっと後ろ向いて。」

 言われるが儘に後ろを向く。


「…良いわ…。ママ、大丈夫みたいだから、此の儘行って来る。」

「何でしょうねぇ。見て下さいな、移動美容室みたいに沢山持ち込んで。駿河さんは、きちんとするときにはきちんとするから、って言っても聞かないんですから。」


 彼女が降りるときにチラッと後部座席を見ると、確かに大きなボストンバッグが積まれている。美容道具か何かを持ってきたらしい。


「じゃあ、お願いしますね。亜惟、終わったら此処に電話を頂戴。駿河さん、その間、亜惟とお茶でもしてて下さいな。じゃ。」


 お母さんは、またクラクションを鳴らしてかき分けるようにゆっくりと、それでいて強引に車を出して行った。


「お母さんの仰有る通りだ。」

「全然信用出来ない。ほら、此方よ! もう道を間違えてるじゃないの!」

其方そっちか?」

「どっちがよろしくお願いしますなんだか。」

 ベーデは制服姿ながらも、髪を綺麗に切り揃えてブロウし、女の子としてそれなりのお洒落をしていた。


 *     *     *


「ほらほら、今度は此方よ。」

「随分、奥まったところなんだな…。」

「あ~った…。此処よ!」

「タタタ、急に止まるなよ!」


 ベーデが向いている少し先に、小さなツリーが飾られている。


「さぁ、しっかりしてよ!」

「たかがレストランだろ? あれ…、意外と間口は狭いんだな。」


 花文字で書かれた店名の横、重厚な扉を開け、ベーデを導き入れる。そして、更に先にある扉を開けると、黒服でビシッと正装したボーイさんのお出迎えだ。


「…いらっしゃいませ…。」

 ベーデが後ろから小さく僕を突いた。


「えっと、今晩ヴィルヘルムスさんのパーティーで…。」

「お客様のお名前を戴けますでしょうか。」

「駿河と三条です。」

「失礼致しました。駿河様、三条様、お待ち申し上げておりました。どうぞ、此方で御座居ます…。」


 案内される儘に進むと店の中なのに煉瓦張りで蔦が茂っている。薄暗い廊下の両脇にランプが灯り、小部屋や小さなブース席が並んでいた。


(意外と奥行きがあるんだな…。)

「お足元にお気を付け下さい。」


 階段を下りきった所に、大きな両開きの扉があって、其の両側には、小さな頃に絵本で見た兵隊さんのような重々しいコート姿のドアボーイさんが立っていた。


此方こちらで御座居ます。」

 ボーイさんが横に退くと同時に、自動扉のように大きく目の前が開く。今までの静寂が嘘のように、一瞬にして煌びやかな世界が広がった。


 地下に四次元空間でもあるのか、と疑うほど中は高い吹き抜けで、バレーボールのコートを二面はとれるくらいの広さがあった。

 二階部分が回廊になっていて、テーブル席が並んでいるのが見える。

 足を踏み入れると霜柱を踏んだように絨毯が沈み、壁には大きな絵画、鏡、ランプが灯っている。見上げれば天井からはシャンデリア。


「まぁ、素敵…。」

 ベーデが思わず声を上げた。

「ひやぁ…凄いな…。」


「ほら、みっともないから、上ばっかり見上げないの!」

 ベーデが下から顎を押さえて、呆気にとられてポカンと開いている僕の口を閉じる。


「で、エリーのパーティは何処だ?」

「何言ってんの。これがそうでしょ。」

「へ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る