二文乙六 天秤 (8)馬鹿ね 誰でも良い訳じゃないのよ



【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は高校二年生。

 強気の留学生エリーと、ツンデレながらも愛情深い彼女「ベーデ」に挟まれて、心身共に忙しい毎日。

 駿河にとって初めての失恋の危機も、ベーデの聡明さとエリーのサポートで何とか乗り越えたが、相変わらず波風は高い模様。

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「駿河、十七歳、おめでとう。」

「有り難う。」


「此の間は申し訳なかったわね。」

「例の奴か? 其の後大丈夫か?」

「ええ。抑々そもそもK女うち男子高あっちは大部離れているから。それに、案の定、もう他の女の子にとち狂ってるから大丈夫よ。」


「他にも変なのが居たら言えよ?」

「居るわ。」

「今度は何様どんなのだ。」

「目の前。」

「…。」


「もう…、これぐらいのことで傷つかないでよ。」

「結構さ…、正直なところ、此の間の一件はダメージ大きくてさ。」

「ごめんなさい…。」

「これでも自問自答しているんだぞ。中身だけでも相応ふさわしくなろうって。」

「変にいじらないで良いわよ。其の儘で。」

「無理はしていないけど、少なくともお前が妙なそしりは受けないようにしなきゃって。」

「有り難う。馬鹿真面目なところは全然変わらないわね。」


「それで、と。忙しい時期にわざわざ済まないねぇ。」

「いいえ、此方こっちまで出て来て貰ってるんだもの。私は家から徒歩十分じっぷんだし。」

「俺は其の十倍だ。」

「まあ、日頃の其のねぎらいも含んでいるわよ。今日は。」

「何?」


「はい。開けて?」

「何か悪いな…、俺だけ物を貰って…。」

「それは言わない約束でしょ?」

「お? これはガーター・ベルトか?」

「馬鹿。違うわよ! スリーヴ・サスペンダー!」

「何だぁ?」

「ワイシャツの袖を引っ張り上げるものよ。」

「ふーん。ああ、映画で見たことあるな。…どれ。」


「貴男、何かと白いシャツを着るシーンが多いから。」

「成る程ね、確かに既製品を着る時には役立ちそうだ。様子が良いや。有り難う。」

「どう致しまして。」


常時いつも渋い物を吟味して呉れて嬉しいよ。」

「貴男が色々と美味しいものを食べさせて呉れて、気取らない気遣いをして呉れた蓄積よ。」

「相変わらず誕生日は優しいねぇ。」

「あら、常時いつも優しいのよ。」

「そうだね、言葉が違うだけで。」

「そう言わないでよ。これでも私だって最近、少しは気にしているのよ?」

「ん。お前がそうやって沢山話して呉れるだけでも果報者だと思ってるよ。」


 ベーデは気のない人間には鮑のように口を割らない。

 ポーカー・フェイスも此処まで来れば立派だ、というくらい普段も表情を変えない。

 其の辺の群れている女の子からすれば、能面のようだ、氷のようだと陰口を叩かれることもあった。

 其様なベーデが、僕と一緒にいる時間は互いに皮肉を交えながらも、歯に衣着せず楽しそうに喋っている。

 僕にはそれだけでも充分に彼女が可愛らしかったし、気を遣っているのが分かった。

 ただ、僕は彼女に其の感謝をどのように伝えたら良いのかを常時いつも悩んでいた。

 彼女は物は要らないという。彼女じぶんしたことで僕が喜んでいる様子を見るのが一番嬉しいと言う。僕が彼女を自慢するのが自分の励みになると言う。

 そして、僕には成る可く変わろうなんて意識するなと言う。

 彼女が喜んでいる具合を知るバロメータは難しい。彼女を喜ばせるのも難しい。それでも、彼女は其の儘で充分だと言う。

 つくづく哲学的な奴だと思った。と同時に、もしかしたら本当の愛情っていうのは、そういうものを指すのかも知れないとも思った。

 だとすれば、ベーデは自身で普段言う通り、上っ面ではない恋愛をしているのかも知れない。

 一方で、僕自身はそれに充分に応えられていない気がするのが少し気掛かりだった。


「俺がうしたらお前は嬉しい?」

「貴男は私がうしたら嬉しい?」

「お前の正直な意思を表現して呉れたら嬉しい。」

「じゃあ、貴男も意思を表現して?」


「大好きだよ?」

「私も大好きよ?」

「其の貴重な笑顔で改めて言われると嬉しいな。」

「貴男がそうやって喜んで呉れると私は嬉しいわ。」

「其の表情を見るともっと嬉しい。」

「そう言って貰えると私も嬉しい。」


「成る程、そうか。」

「そうよ。漸く分かった?」

「でも、そう言って貰えれば誰でも良いんじゃないか?」

「馬鹿ねぇ、誰でも良い訳じゃないのよ。貴男だからこれで良いの。出発点が大事なのよ。」

「へぇ。」


「じゃあ、貴男は誰でも良いの?」

「否、良くない。」

「でしょう? じゃあ私に感謝して。」

「有り難う。」

「宜しい。」


「何だ、結局俺の誕生日に俺がお前に感謝するのか?」

「だって、詰まるところ、私という存在自体がプレゼントだもの。」

「あ、あぁ、まあ、そうだな。確かに、お前が居て呉れて良かった。俺にとってそれ以上のことはないや。」

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