二文乙六 天秤 (7)天秤にかけた
【ここまでの粗筋】
天然系な主人公「駿河轟」は高校二年生。
強気の留学生エリーと、ツンデレながらも愛情深い彼女「ベーデ」に挟まれて、心身共に忙しい毎日。
最近、ベーデとの間がギクシャクしがちな駿河は、我が身を振り返ると共にエリーにも相談。
「ベーデに近付くな」と言う男の出現に、駿河は彼女に直接真相を確かめる。
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あの男が言った「もう近寄らないで欲しい」、というのは本当なのか、頭の中を嫌な思いが稲妻のように過ぎった。と同時に、彼女の頬が無性に心配になった。
「何がごめんなさい、なんだろう?」
「二つ謝る…。」
「謝らなくても良いけど、気にはなるから教えて。」
「一つは、昨日、変な男が
「お前のフルネームじゃなかったけれど、それらしい言葉を口にする男が来たよ。」
「うちの
「ふーん。(横柄な態度だったのは歳の所為か?) お前ん所は女子校だろ? そんな風に知り合う機会でもあるのか?」
「まあ、何かとね。行き来はあるわ…。」
「で? 知り合いなんだ?」
「そう、
「此の間の正月の頃のあれか?」
「…そう。流石によく覚えてるわね。」
「お望みとあれば、お前との会話は十二歳から全部、一言一句再生出来るぞ。」
「ありがと…、それ以来、少し許り近しい存在になって。此の間も参考書を選ぶのに一緒に行くって聞かなくて…。」
「へぇ。(連れ立って、ていう訳じゃなかったのか)」
「最初は単に良い人だと思っていただけなんだけど、最近、段々、何か違うと感じてきたの。」
「…。(恋心か?)」
「それが昨日、夕方遅くに学園祭の準備から帰るときに呼び出されて、『もう何も心配は要らないから』って。」
「…。(それで心が揺れたか?)」
「何が心配要らないのか、って聞いたら、貴男の処に行って、もうつきまとわないように言って来た、って。」
「確かに言われたね。」
「…、私、それを聞いた一瞬、貴男を先輩と天秤にかけた。」
「…。」
「ほんの
「…。」
「当たり前の、分かり切った確認の為とはいえ、貴男を天秤に載せたことを許して欲しい。」
「…。」
「もう誰とも天秤にかけないから許して欲しい…。」
「大丈夫だよ。謝らなくても良い。分かった。」
「…有り難う。もう一つはね…。」
「もう良いよ。お前の気持ちはよく分かってる。」
「じゃあ、言わなきゃ救われない、そう懺悔だと思って聞いて。お願い。」
「ん。」
「
「自分を責めるなよ、其の原因を作ったのは俺だろ?」
「ううん、そうじゃない。私が勝手に色々思い込んで無暗に隙を見せていたから付け込まれたのよ。そしてそれを払い退けなかったのが二重に不可なかった。」
「…。」
「昨日になって、
「…矢っ張り昨日、ぶん殴ってやれば良かった…。今から呼び出して五倍返ししてやる。」
「ごめんなさい…。私はもう良いから、くだらない人には関わらないで。軽々しく人を信用した罰だわ。」
「だって、お前の身体を
「そう、自業自得とは言っても自分の顔に手を上げられて了って、貴男に申し訳ない。貴男の前ではいつだって綺麗な、自慢の彼女で居度いのに、皆に会う学園祭も近いのに、
「跡…、残るくらい酷いのか?」
「ううん、幸い
「…矢っ張り全治三週間くらいにしてやらないと気が済まない!」
「ごめんなさい! でももうこれで関係が切れたから、ぐっと堪えて。お願い。」
「…ぐぅ…。」
「エリーにもきちんと謝っておく。一番言われたら傷つくことを言われちゃったんでしょ…。聞いたわ。」
「…。」
「ね。」
「俺が
「其様なことない…。」
「俺がしっかりしていさえすれば、お前に隙なんて出来る筈だってなかったんだ。俺がきちんとお前を受け止めてさえいれば…。」
「違う! 四六時中一緒に居られる訳じゃないんだから、全知全能の神様みたいな完全を目指さないで。私には私がなんとかしなきゃならないことだってあるの! 全部を貴男に委ねることなんか出来ないの。」
「じゃあ、俺は何のために…。」
「一緒に居るとき、求めるときに思い切り受け止めて呉れるだけで充分。目に見えないとき、手の届かないときは祈って呉れるだけで充分。其様なときにまで責任を感じないで、そうでないと、私が重荷になる。」
「ごめん…分かった。」
「此の間の電話で、あなたが
「ん…。」
「だから、お願い、今の二つのごめんなさいを受け容れて。其の瞬間から私は安心して貴男だけを見ていられる。」
「分かったよ。」
「有り難う。そうしていつでも変わらない貴男が大好き。」
「顔…顔だけじゃなくて、…大事にしろよ…。」
「ん…。ご馳走さま。」
ストロベリー・ジュースを静かに飲み干した彼女は漸く微笑むと、請求書を僕の方にズイと押した。
「あ? 呼び出して、謝っておいて、支払いは俺か?」
「あら、今、大事にしろよ、って言ったでしょう? これはお見舞いなんでしょ?」
「わーかったよ。まあ、そうなんだろうさ。」
* * *
「ヨカタデスネェ。」
翌朝、エリーに事の顛末を報告した。
「有り難う。今日、ラーメン奢ってあげる。」
「其様なこと、良いデスよ。其の分を二人のデートに使って下サイ。」
「僕のとばっちりで厭な思いしちゃっただろ?」
「ああ、アレなら構いません。愚か者の戯言を気にしてたら楽しく生きられマセンよ。」
「じゃあ、お祝いだと思って食べて。」
「其処まで言うナラ。」
* * *
「私の軍事顧問もまんざらではないデショウ?」
「机上での冷静な分析はね。役立った。」
「何で条件付きデスか?」
「だって最前線では僕より血気に逸ったじゃないか。」
「Ah…だから駄目ナンデスヨ、アナタは。」
「何でよ?」
「私が常に一歩前に出ようとしたカラコソ、駿河は最後まで冷静で居られたデショウ?」
「其処まで計算済みで?」
「アハハ、嘘デス…私には無理デスね。」
「なんだぁ…、凄い策士だと思ったのに。」
「本能寺に赴く儘デシタ。」
「明智光秀じゃ駄目じゃん。」
「ダカラ、私は結果的に…。」
「ん?」
「良いデス、何でもナイデス。本能寺じゃなくて本能デシタね。」
「…そうそう、結構、攻撃的なんだね?」
「普通デスよ。侮辱サレれば怒る。それだけデス。」
「君は自分が侮辱されたときよりも、僕がおかしなことを言われてるときの方が反応大きかったね。」
「ダカラ、…良いデス。まあ良かったデスね。兎に角。」
「ベーデは怪我しちゃったけどな。」
「心配デスね。でも治る怪我デショウ?」
「うん。御陰様で。」
「結局、二人の絆も強くなって、うんうん。株買って、利、高まるデスね。」
「雨降って地固まる…だってば。」
「駿河は買い注文が先行して全面高だから良いじゃないデスカ。私なんか売り注文が集まって全面安デスよ。」
「だからこうしてご馳走してるでしょ? 君、株なんかやってるのか?」
「短波放送は欠かせないデス。」
「へぇ。」
「嘘デスヨ。」
「なんだ、何処まで本当なんだか分からないな。」
「良いじゃナイデスか、楽しければ。」
「君は楽しいの?」
「Ja, とっても。駿河は楽しくナイデスか?」
「ん? 日常だから。」
「裏山
「君もオジサン度はベーデ並だな。」
「ドモデス。」
彼女はニッコリすると座った
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